《メギド72》简评:
标题neta 鬼の居ぬ間に洗濯,不过此处肯定不含贬义。
本文是作为CD集特典,由音乐负责人寄崎,委托主笔写手桑撰写的官方短篇小说/后日谈。
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【注意本文时间线在主线剧情12章后,涉及部分130话大结局内容的剧透】
1、第二のアジトを探せ!
ソロモンはアジトが好きだった。
特に中庭が見え、大広間の喧騒が聞こえてくる自分の部屋がお気に入りの場所だった。仲間たちからはもっと王らしく安全な場所に、たとえば入り口から遠い部屋や最上階の広い部屋などを勧められた。しかしソロモンはここが気に入っているからと言って、別の部屋には動こうとしなかった。最初にアジトに来たとき、まだ少なかった仲間からあまり離れたくなくて、階下の気配がすその部屋を選んだ。そしてそこに滞在した時間が長くなるほどに部屋を、アジトを、さらに好きになっていったのだ。
シバが初めてアジトの視察に訪れたときも、ソロモンは自慢げにここが俺の部屋なんだと案内したものだった。俺はメギドたちを気にかけてるんだ、ちゃんと王様をやってるだろ?という少し誇らしい気持ちがあった。
しかしシバはちょっと困ったような顔で、この部屋はかつて騎士団の砦だったとき、騎士ではない身分の管理者が滞在した場所であることを説明した。精鋭の騎士たちが滞在する砦ともなれば、それを助ける大勢の働き手たちが必要になる。食事を作る者、掃除をする者、洗濯をする者などだ。危機に備えた砦とはいえ戦闘をする者だけが住むようなところではなかった。だからそのような、騎士ではない身分の働き手たちを束ねる者が滞在するための部屋が必要だったのだ。だからその部屋は大広間のすぐ近く、声の届くところにあるのだ。大声で呼ぶ騎士たちの元へいち早く駆け付け、要望を聞くために。
つまり、ここは騎士よりも身分が下である使用人頭の部屋だったのだ。あえてここに住むということは、王どころかメギドの下につき、召使になると言っているようなものじゃぞという言葉まで頭に浮かんだシバだったが、さすがにそれは口に出さなかった。代わりに、もっと王らしく安全な場所に、たとえば入り口から遠い部屋や最上階の部屋などはどうかと勧めてみた。ソロモンは、それみんなからも言われたんだと言って笑った。まぁ、今は騎士団の砦ではなくメギドたちのアジトなのだから、おぬしがそれでよいなら好きにするがよいとシバも笑い返した。
そうしたシバの肯定もあり、長い冒険の日々の間もソロモンは部屋を決して変えようとしなかった。その部屋からは、中庭で遊んだり訓練したりするメギドたちが見えるのだ。大広間で酒を飲み、陽気に騒ぐ声が夜遅くまで聞こえてくるのだ。そうした空気を感じるたびにソロモンは思った。ここはなんて自分に相応しい部屋だろう、これこそ自分の部屋であるべきだ。部屋の中にある質素な椅子に腰かけて目を閉じると、意識がアジト全体に広がったような錯覚さえ覚えた。ここは俺の場所だ、みんなの存在を感じる。ソロモンはそんな風に自分の心を落ち着けた。ただの村人だったソロモンには、常に戦争のような緊張感の中で生きていくことは不可能だった。わずかでも日常への回帰が必要だったのである。偶然の結果ではあったが、ソロモンの選んだ部屋はそのような非日常からの切り替えに大いに役立った。異世界の存在であるメギドたちと過酷な旅を続けてこられたのも、実はこの部屋があればこそなのである。
ソロモンはアジトが、そこにある自分の部屋が好きだった。
しかし——
「——第二のアジトが必要?」
「そうだ、第二のアジトが必要だ」
いつものようにフォカロルは断定的な口調で物事を伝えてくる。こういうときのフォカロルには、必要かもしれないとかいずれは考えようというような曖昧さはない。フォカロルは既にやると決めていて、だからソロモンにそのことを伝えてきているのだ。フォカロルの一言で、場の空気も変わったかのようだった。例えるなら、本CDに収録された曲の一つ「”議会“に座す」が鳴り響いているような空気感だ。
「その…第二のアジトっていうのは、ペルペトゥムみたいな別拠点ってこと?」
「いや、「アジトそのものを変える」ということだ。俺やおまえ、主だったメンバーと物資をすべてその第二のアジトに移す」
「そこまで!?」
「問題点を考えれば当然だろう。忘れたのか、ここは一度襲撃を受けている」
忘れるわけがない。ソロモンは心の中で強く反論した。アジトの襲撃では、ジズをはじめ多くの仲間が傷つけられ、死ぬ寸前まで追い詰められたのだ。
とはいえ、当時とは状況が違う。
ヴァイガルドに対するメギドラルの侵略がなくなったわけではないが、あちらの社会を統率するメギド8魔星や中央議会とは友好的な関係を築いている。今やメギド72とソロモン王は、あちらにとっても失うのが惜しい重要な窓口、突発的な諍いにおいて非公式に調整を行うために不可欠な存在でもあるのだ。仮にアジトを攻めるべしと作戦を立てる軍団がいたとしても、こちら側の防衛力も大きく上昇している。軍団のメギド自体が増えているし、罠や防護扉などの仕掛けも増やしている。ポータルの管理や活用方法も見直されており、さらに緊急時の援軍としてハルマ防衛隊を頼ることもできる。以前のように簡単に攻め込まれることはまずないはずだ、とソロモンは考えていた。とはいえフォカロルだってそのくらいは承知の上だろうということもわかっていた。
「ここはもう場所が割れていると考えたほうがいい。防衛拠点としては不十分だ」
「でも砦って本来はそういうものじゃないかな。場所がわかってしまった瞬間、もう防衛拠点にならないっていうなら、それは別のところに問題がある気がする」
「屁理屈のような反論をするな。ここは軍団のメギドたちの生活拠点でもあるんだ。襲われる理由なんか山ほどある、相手だってメギドラルからの侵略軍団だけとは限らんぞ」
「どういうこと?」
「メギド個人のトラブルだってここに来るんだ。誰がどんな面倒を持ち込むかわからんだろう」
「それは考えてもキリがないよ。第一、ポータルは普通のヴィータを通さない。少なくとも相手はメギドに限るはず……」
「もうボロが出たぞ。馬車で物資を運んでくれるキャラバンは普通のヴィータたちだ。それにレアムに引っ付いて子分面をしてる連中もな」
「う……」
「考えたらキリがないからこそ、可能な限り対策を考え、手を広げていくことが防衛思想だ。いいか、このままでもいいなどというのは現状維持ではない。逆だ、なにもしないのは後退なんだ。時間を置くほどに相手は準備し、こちらの隙は大きくなるからな」
「………………」
「拠点の場所を隠しておくことは、攻撃する側に捜索の手間を一段階増やすことでもある。その時点で思い付きの作戦など実行も難しくなるだろう。そうやって戦争自体を遠ざけることだってできるんだ、メギドラル以外の相手に対してもな。これは立派な戦術でもある」
う—ん……
ソロモンは唸ったきり、考え込んだ。さすがフォカロル、意見に隙がない。これでは提案というより説教だ。しかも正論だからソロモンには唸ることしかできない。フォカロルは意見を言う前に、それが正しいかどうか自ら検証する手間を惜しまない。思い付き程度の反論なら、すべて頭の中で想定して回答を用意していることだろう。
「もちろん、これはブネやフォラスにも相談した上での話だ。二人とも俺と同意見だった」
さらに根回しも忘れない。
ソロモンがあまり前向きにならない理由が、自分の部屋を気に入っていて変えたくないからなどとバレたら、それこそ本気の説教に切り替わるだろう。もちろんソロモンだって部屋のことを理由に反対までするつもりはなかった。
アジトは、軍団メギド72の活動のためにあるのだ。気乗りはしなかったが、とにかくフォカロルの言うことをちゃんと受けとめて、軍団の作戦行動として実行する必要がある。それにはソロモンが先頭に立って動く必要があるのだ。
「……わかった、もう少し詳しい話を聞かせてくれ。それと、その考えを主だったみんなで共有したい。アジトにいる何人かを集めてくるから、改めて説明してくれないか」
「よし、図書室を使おう。そこならちょうどフォラスもいる」
こうと決めたらソロモンの動きは速い。それから一時間もしないうちに、アジトの図書室には軍団の方針を固めている主だった指導的メンバー…ブネ、バルバトス、バラム、パイモン、フォラス、サタナキア、イポスが集められた。
それから、集まった者たちを前にフォカロルは熱っぽく第二のアジトの必要性を語った。内容自体はソロモンに話したことと大差はなかったが、さりげなくソロモンも同意したことになっていた。ソロモンは少しムッとしたが、あえて指摘はしないまま全員の反応を待った。
「一応反論するけど……」
最初に意見を返してきたのはサタナキアだった。
「このアジトの場所が特定されたという証拠はないぞ」
「え?」
驚いたのはソロモンだった。
「君はバカだなぁ。アドラメレクが侵入できたのはポータルを利用したからだぞ。立地的な意味でこの場所がメギドラル側に知られてしまっているという確証はない」
「なるほど!」
なるほどじゃない!という目つきでフォカロルが睨んできたので、ソロモンは慌ててサタナキアに反論した。
「この話は、確証があってからじゃ遅いと思うよ。今知られていなくても、いずれは知られるかもっていう前提で考えていかないと……」
そのとおりだ、という顔つきで大げさに頷いて同意を示すフォカロルだった。自分で言えばいいのに、とちょっとソロモンは思った。
「前提ねぇ……このアジトも悪くないと思うけどな。ポータルの管理と運用だって見直されてるしさ」
「そうなんだよ」
そうなんだよじゃない!という目つきでまたフォカロルが睨んできたが、今度はソロモンも無視した。
「まぁ、それはそれとして第二のアジトは探しておかないと、現状維持では時間が経つほど後退してるのも同然なんだよ」
「なるほど、いいこと言うね」
サタナキアはそれきり反論を諦めたようだった。積極的に賛成ではないが、やるならどうぞという姿勢だ。ソロモンは全員を見回したが、それ以上反論はなかった。第二のアジトを探さないという選択肢は、これで事実上消滅した。
「それで……」
次の話を促したのはパイモンだった。
「……具体的な場所の候補はあるのか?第二のアジトの」
ソロモンはフォカロルを見た。それを受けて、フォカロルが当然のように堂々と言った。
「俺に候補はない、これからみんなで探す。まだ話の方向がまとまっただけだしな」
まだその段階か……。
なんとなくソロモンはホッとした。そんなに急いでどこかへ移らなくても大丈夫なようだ。
「……第二のアジトだ、簡単に見つかるようなもんでもねぇだろう。実現までは少し気の長い話になるかもしれん」
ソロモンより先にフォカロルに同意していたブネが難しそうな顔で補足した。
「そもそも、ここより悪くなったら話にならんもんな」
「そうそう、そこは重要だ。少なくともここよりもいい、優れてるって面がないと」
「今ここに住んでる人数だって多いからな。引っ越しの労力を考えると、よっぽどいい話がないと渋って動かないヤツもいそうだぜ」
「全員が移らなくても、とりあえず半分くらい動かしゃ活動には影響ないだろ」
「そうだな!希望者だけをまず新しいほうに……」
「ソロモンは当然新しいほうだな?指揮機能はそちらにんとアジトを移す意味がない」
「……いい感じの部屋があるなら、いいよ」
「庭にジャラジャラ王専用のテントを張ってやるよ」
「それ部屋じゃないだろ!」
「なんにせよ……」
バラムの軽口が切っ掛けで好き好きに感想を言い始めた面々が、
その一言で黙った。柔らかくも芯の強い声は、ゲスト参加していたガブリエルのものだった。
「……実際に見てみないことには、いいか悪いかは判断できません。場所については、こちらも候補を探して提案します」
「ありがたい。王都の紹介なら安心だ」
「そうか?このアジト以上の物件を王都が持ってたら、なんでもっと早く寄こさねぇんだって話にならねぇか」
「オマ……ガブリエルの前で」
「いえ、バラムの言うとおりです。探してはみますが、ここ以上の場所となると難しい。この件はそちらで探したもののほうが有力な候補になるでしょう」
たしかにバラムの指摘は正しい、今のアジト以上の候補を王都が出せるとは思えない。出せたとしても先の話になりそうだった。本気で第二のアジトが欲しいなら、候補はメギド側でも広く求めていかなければならないだろう。
「じゃあ、第二のアジトの場所……候補については、軍団のみんなで広く当たってみることにしよう」
「そうしてください。一応、誰に当たるつもりか聞いておいてもいいですか?」
ソロモンは軍団のメギドの名を思いつくままにいくつか挙げた。
「待て待て、8魔星はマズいんじゃねぇか?アジトの場所は秘密にするんだからよ、それじゃメギドラルに筒抜けになるじゃねぇか」
「ならないよ。そもそもこの軍団にも所属してるんだから、結局は第二のアジトにも来るじゃないか。それならいっそアジトの候補を聞いておいたほうが、攻める側の視点からうまく外した意外な場所を教えてくれるかも」
意外とそれっぽい根拠を示したソロモンだった。軍団に所属している8魔星だって第二のアジトには来る、部屋だって与えることになるというのはそのとおりなのである。
「まぁ、聞く相手にもよるだろう。サタンやエウリノームは危険だが、マモンなら問題ないと思うぜ。あのとき魂の炉の場所だって配下に知らせてなかったしな」
「あと8魔星じゃないが、ベルフェゴールはいい相談相手かもしれねえ。秘密の場所をいっぱい知ってそうだ」
「いいでしょう。まだこの段階では候補が多いほうがいいですから、いろいろ当たってみてください」
「なら候補が届き次第、片っ端から俺たちで現地を視察だ。いいか悪いかはそこで考える」
ブネの言葉に、全員が頷いた。
「それはそうと、さっき説明してもらったことは本当なのかな。ポータルの施設は丸ごと移せるって」
そもそもその問題について確認するためにガブリエルにも参加してもらっていたのだ。ポータルという簡易移動システムは、本来このアジトに備わっている機能を二次的に利用している。それを別の場所に移せるのかどうか。ガブリエルができると言っている以上できないはずはないのだが、理屈がわからないソロモンとしては念を押さずにいられなかった。
「問題ありません。大工事には違いありませんが、可能かどうかで言えば可能です。現状ではリリスの協力によって大幻獣への対策がほぼ不要となっていますから、そちらへのゲートは残したままポータルの基幹システムだけを移します」
「そのあとこのアジトはどうするんだ?また騎士団の砦として王都に返したほうがいいのか?」
「いえ、あなた方の施設の一つとしてそのまま使ってください。ただ基幹となるシステムは新しいほうへ移したほうが安全でしょう。ここへはポータルの鍵を置くだけにしてください」
「ありがとう!そうさせてもらうよ」
(それなら時々、アジトに帰ってこれるな……)
ここを軍団の施設の一つとして残すなら、生活の拠点が新しいほうに移ったあとでも常に誰かはいるだろう。今の自分の部屋は、絶対そのまま残しておこう。ソロモンは心の中でそう決めた。
それから数日のうちに、いくつかの候補が挙がってきた。ソロモンをはじめとした何人かはその場所を実際に確かめるべくすぐに出発したが、先の話に参加していたフォラス、サタナキア、イポスはトラブル対応や侵略に備えて自発的にアジトに残った。
最初にあった後ろ向きの気持ちはどこかへ消え、ソロモンは新しい部屋をもらえると知らされた子供のようにわくわくした気持ちで候補となる場所を見に行った。
だがそれとは逆に、王が不在のアジトは少しばかり重い空気が漂っていた。そのころにはもう第二のアジト探しのことは軍団の全員に知らされていたが、まだ
新しいアジトに移ることを全員が受け入れたわけではなかったのだ。
2:王の居ぬアジトにて
妄戦ちゃんはアジトが好きだった。
混沌世界メギガルドが元の姿に戻ったあと、放り出されたヴァイガルドの地でただ一人、放浪の末にここまでたどり着いたのだ。
最初はわずかな手がかりから軍団のメギドらしき怪しい存在の噂など情報を集め、足取りを推理してみた。しかしアジトの場所は秘密で、知る者はごく一部のヴィータのみ。さらに軍団のメギドたちはあちこちに隠されたポータルを利用して移動する。そのポータルも、かつてのアジト襲撃の経験から一度使用したらすぐに設置場所を変えるなど対策が施されていた。正攻法で場所を探ろうとしても簡単にできるような話ではなかったのだ。まして、ヴァイガルドに不慣れな妄戦ちゃんの単独行動である。数週間にも及ぶ努力の末、そのやり方でアジトにたどり着くのは不可能だと思い知ることになった。
次に考えたのは、王都まで移動して、王宮の前で知った顔を待ち伏せることである。とにかく軍団の誰かに会えさえすれば、アジトまで連れていってもらうことができるかもしれない。もうなりふり構わず足にしがみついて懇願し、それでダメなら妄戦に持ち込んで叩きのめしてでも……とまで思いつめていた。
そんな妄戦ちゃんだったが、偶然にも元キャラバンの者と知り合いになり運が開けた。その男は、かつてアジトまで物資を運んで中でショップを開いていた者たちの一人だったのだ。混沌世界での混乱でキャラバンは解散していたが、男が憶えていた道のりを妄戦で追体験してもらうことでイメージを共有できた。あとは当時のキャラバンが巡回していたルートのどこかに入れば、共有したイメージを追ってアジトまでたどり着けるという算段である。ソロモンたちの活躍で元に戻ったあとのヴァイガルドで、そのルートに乗ることはさほど難しくなかった。ただし、馬車はない。ひたすらとぼとぼと歩いて、体力も限界というというところでついに山の中に見えた砦のような建物……それがアジトだった。元は砦だった堅牢そうな建物が、とてつもなく頼れそうな、安心できそうな場所として妄戦ちゃんの目に焼き付いた。
そういうわけで妄戦ちゃんにとってアジトは、レジェ・クシオから逃げ出して以来、苦難の末にようやくたどり着いた安住の場所なのだ。口ではそのちょドラルに帰りますけどね~などと言いつつ、今現在までそれを実行する気はまったくなかった。そもそもレジェ・クシオに戻ってももう自分の部屋はない。妄戦ちゃんにとってただの日常はメギド生そのもので、その日常は生活する場所があって初めて実践できるものなのである。だからアジトでもらった部屋は、妄戦ちゃんにとってはかけがえのない宝物も同然だった。これを自分から手放すつもりはない。しがみついてでも離れたくない。
妄戦ちゃんはアジトが、そこにある自分の部屋が好きだった。
しかし——
今、ここにソロモンはいない。妄戦ちゃんにとっては日常を構成する見慣れた部品が欠けているような気がして、どうにも落ち着かなかった。
しかもソロモンは第二のアジトを探しに行くと言って出ていったのだ。これがどういう結果になるか、まだわからない。それがまた一層、妄戦ちゃんを不安にさせていた。第二のアジトが見つかったら、今のこのアジトはどうなるのか。ここにある自分の部屋は。もしソロモンたちがみんな第二のアジトに移り住むことになったら、自分はどうなるのか。新しいアジトに自分の部屋はあるのか。考えても考えてもなにもわからないままで、しかし考えることをやめることができない。
妄戦ちゃんは、諦めてベッドから起き上がった。
妄戦ちゃんは純正メギドだが、夜に寝る習慣があった。たぶん妄戦という能力が、夢見の力に近いことに関係しているのだろう。詳しい理屈はわからなかったが、とりあえず説明にはなるので周囲にもそう説明していた。そういうわけで妄戦ちゃんの部屋には大きなベッドがある。そこから起き上がった妄戦ちゃんは、頭の中でぐるぐるしたまま残っている不安を追い出すため、部屋の外に出た。アジトをうろついているうちに気がまぎれて、不安も消えるだろう。
とはいえ、時間は真夜中。アジトの中も不要な場所の明かりは落とされ、ひっそりと静まり返っている。
アジトに住むメギドたちには純正メギドも多い。妄戦ちゃんと違ってほとんど眠らない者たちだが、大体は部屋にこもってひっそりと過ごしている。眠らない純正メギドたちとはいえ、昼も夜もずっと同じ調子で過ごしているわけではない。周囲が静かなときは、自分も静かに過ごすのが普通だ。
もちろん例外もいる。
大広間に集まって夜どおし酒を飲んでいる者たちがそうだ。そういう面子は本当は酒を飲みたいのではなく、酒を飲みながらとりとめのない話をして騒ぎたいのだろうと妄戦ちゃんは思っていた。だから各々の部屋で飲むのではなく、大広間になんとなく集まってくるのだ。
大抵はメフィストやカスピエルたち陽気な純正メギドたちが中心になっていた。時々執筆に行き詰まったフルーレティや、アジトに遊びに来た芸術組が参加していることもある。また途中で切り上げて部屋に戻るものの、ヴィータとして生きているはずの追放メギドたちもなんだかんだでよく混ざっていた。作戦中ではない者たちにとって、アジトは普通に暮らしている日常の場所なのである。戦争を求めない妄戦ちゃんにとって、日常を共に過ごせ相手はそれだけで仲間だった。だから大広間に集まっているメギドたちのがやがやした雰囲気に混ざるのが好きだった。なんとなく一緒にいるだけで、日常という巨大な情景と一体化したような気がして安心できるのだ。以前聞いたところでは、ソロモンも同様のことを感じるらしい。大広間に近い部屋を気に入り、もっといい部屋を勧められても頑なに移ろうとしないのだとか。それを聞いた妄戦ちゃんは、ソロモンに対してさらに親しみを持った。
とにかく大広間は夜でも賑やかな場所だった。ただしすぐ上にソロモンの部屋があることから、夜間は大声を控えて暴れたり歌ったりするのはナシ(昼間はOK)という紳士協定のようなものがある。夜中に眠れないとき何度か妄戦ちゃんが覗いたときには、たしかに喧騒が多少控えられている気がした。真夜中に相応しい、静かな騒ぎだった。
しかし今夜の大広間は、そんな配慮とは無関係に静かだった。そういえばブネやパイモンは第二のアジトを探しに行っているし、メフィストたちはレアムを連れて王都のほうで飲み明かすと言っていたことを思い出した。単純に人が少ないせいだった。そのせいで見慣れた空間の広さや明るさまでもが、嘘で固められた不自然なものに感じられた。夜に大広間を覗いて寂しいと感じたのは、妄戦ちゃんにとって初めてのことだった。
酒の並んでいるカウンターまで近づくと、特に盛り上がりもなく飲んでいたのは転生メギドのガミジンとフラウロスだけだった。
「おう、クソ妄戦じゃねぇか。オメェも酒を飲むクチか?」
「お酒は飲みませんー。お料理に使うくらいです」
クソのほうは特に言い返さなかった。フラウロスはソロモンのことさえクソヴィータと言っている。フラウロスにとって「クソ」は「~ちゃん」に相当するような親愛を表す言い方のつもりなのだろう、と妄戦ちゃんは思うことにしていた。
「眠れねぇか」
ガミジンのほうは、いつも言葉はぶっきらぼうだったがどこか優しい感じがした。
「ソロモンどころか、主だった連中が留守だもんな。戦争中みてぇで落ち着かねぇのは、なんかわる気がするぜ」
「そうですね、それに……」
「ん?」
「……第二のアジトってどんなところなんだろうって、想像つかなくて」
ガミジンとフラウロスは同時に笑い出した。
「な、なんですか!」
「ちょうど俺たちもその話をしてたところだぜ」
「まぁ、今話すようなことっていや、それしかねぇからな」
「そうだったんですか!じゃあ、第二のアジトってどんなところだと思いますか?いいところですか?」
ガミジンとフラウロスは、苦笑いしながら顔を見合わせた。
「いいところ、かねぇ……」
「確実に言えることは、敵に見つからねぇのが条件ってことだろ」
妄戦ちゃんは頷いた。どこだかわからないけど、それはなんだかすごい。
「てことはよ、周囲にゃなんにもねぇってことだぜ。人里もなけりゃ、野生動物もいねぇような死の荒野かもしれねぇ」
「ウソ……」
妄戦ちゃんはショックを受けた。しかしすぐに立ち直った。
「あ、でもポータルを使えば王都まで行けますよね?屋上に上がるよりも近いですよ」
「フッ……」
ガミジンが、戦争に負けた戦士の空気を漂わせながら短く息を吐いた。
「だから、だぜ。どういうことになると思う?」
わからない。妄戦ちゃんには答えようがなかった。
「だからオメェはクソなんだよ。いいか、ポータルがありゃ生活には困らねぇ。『てことは』新しいアジトはそれこそ牢獄同然でもおかしくねえってことだ」
そんな….と言いかけて、いやそうだろうかと思い直した。牢獄は知ってる、フリアエの裁判所にあったものだ。ガギゾンだってそこにいた。でもアジトが、自分の部屋が牢獄?
妄戦ちゃんが疑いの目を向けているのに気付いたガミジンは、もう少しかみ砕いて説明した。
「アジトの本来の目的は、戦争に備えることだ。いつでもヴァイガルドを防衛できるようにな」
「はい」
「それ以外は、本来いらものなんだよ。この大広間も、酒も、豪華なソファもそれぞれの部屋も、図書館だの解剖部屋だの拷問部屋だの遊戯室だのも、コレクションルームも実験室も仕事斡旋部屋も出張占い部屋も勉強部屋もな」
そんな部屋ありましたか?!?!?というものも混ざっていたが、そこは流してガミジンの言ったことの本質を考えた。ヴァイガルド防衛以外は不要、つまり……。
「……徹底して合理的な、戦闘要塞が第二のアジト……」
「そうだ、そういうことだ」
「じゃあフラウロスさんもいらないんじゃ!!!」
「うるせぇ!そりゃオメェもだ!」
「そうだ、テメェもかもしれねぇぜ、妄戦ちゃん」
「そんな!」
第二のアジトには妄戦ちゃんの部屋をもらえないかもしれないということだ。部屋が牢獄というよりもっと悪い。しかもソロモンなど仲のいい者たちは中心メンバーなので、第二のアジトのほうへ移るはずだ。日常を共にできなくなるのだ、もう頻繁には会えなくなってしまうかもしれない。
そういえば、あの混沌世界が元に戻ってしばらくしてから、シバの女王から頻繁に送られてきていた補給物資も止まってしまったと聞いた。不要な要素を削るということは、このアジトでも現在進行形で少しずつ行われているのだ。ということは、アジトでショップを開いてくれる巡回キャラバンの人たちも第二のアジトには必要ないという考えになるかもしれない。ポータルは荷物を運べないわけではない、だからこのアジトでも各々勝手に王都まで買い物に行って好きなものを買ってきている。その延長で考えれば、直接キャラバンの倉庫にポータルの出口があればいいだけなのだ。あとは軍団の者が手続きだけして自分たちで運び込めばいい。
妄戦ちゃんは、そういったキャラバンが来なくなる可能性について話してみた。
「フン、なるほどな。たしかにそうなるだろうぜ。陸路を直接来る連中が一番場所を知ってるんだ、そこからアジトの場所がバレちまう」
まさに妄戦ちゃんがアジトを発見した流れだ。同じことを敵にやられたらマズいというのはさすがにわかる。妄戦を使わなくても、キャラバンの者から情報を得る方法はいくらでもある。そその場合、おそらく情報を奪われたキャラバンの者は生き残れないだろう。
どこまで本当にそうなるかはわからないが、悪い想像はいくらでもできる。この二人はここでそんな話をしてしんみりしていたのだ。大広間の寂しい雰囲気も当然かもしれない。ガミジンたちにはもう寝ますからと伝えて、妄戦ちゃんは大広間をあとにした。
部屋に戻った妄戦ちゃんはどんよりした気持ちのまま冷たく冷えていたベッドに横になって、毛布を頭から被って暗闇の中に閉じこもった。ベッドの中で丸くなった妄戦ちゃんは、小さくなった焚火のようだった。身体の奥が熱くなったまま、毛布の中をいつまでも熱くしていた。時々薪が弾けるように、何度も寝返りを打った。そして寝ているのか寝ていないのか自分でもよくわからないまま、時間が経っているのか経っていないのかもわからないまま、いつしか焚火の火が消えるようにして妄戦ちゃんの意識はゆっくりと眠っていったのだった。
ドンドンドン!
いつの間にか朝になり、妄戦ちゃんの意識が再び自己を認識した。なにか大きな音がしていて、それに身体が反応したのだ。だがなかなか寝付けなかった意識は、まだぼんやりしたままうまく反応できずにいた。
ドンドンドン!(妄戦ちゃん!妄戦ちゃん、いるんでしょ?!)
そのうち、声が聞こえたような気がした。
ようやく妄戦ちゃんの意識がはっきりしてきて、脳と身体もそれに応えた。
(誰かが部屋の扉を叩いて、私を呼んでいる……?)
こんなことは初めてだった。日常ではないこと、非日常的ななにかが進行している。そう理解した瞬間、妄戦ちゃんの意識は完全に覚醒した。すぐにベッドから飛び起きて、扉を開けた。扉の前にいたのはムルムルだった。
「妄戦ちゃん、大変なの!すぐに大広間に来てくれる?」
「なにがあったんですか?」
ムルムルはなぜか一瞬、話していいものかどうか戸惑ったようだった。しかし妄戦ちゃんには状況がまるでわかっていない。その戸惑いが伝わったのか、ムルムルは軽く唇を舐めて起こったことを短く伝えた。
「フラウロスが殺されたの!」
アジトに滞在していたほとんどの者が、大広間に集められていた。その場の雰囲気は、本CDの収録曲『幽暗の魂』が流れるに相応しいものであった。フラウロスが死んでいるというのにそれを嘆くような雰囲気ではなく、むしろ緊張感がその場を支配している。軍団の拠点で、所属するメギドが殺されたともなれば緊急事態だ。可能であればすぐにでもソロモンを呼び戻すべきだが、間の悪
ことに連絡のつきにくい場所へ行ってしまっている。さらに昨晩レアムを連れて遊びに行ってしまったメフィストたちをはじめ、いつもならアジトに滞在している多くの者たちも不在という状況である。アジト内の人数自体が少ないのだ。
まず犯人の動きを封じることが最優先だと考えたイポスの指示で、ポータルの機能が停止されて部屋ごと封鎖された。アジトを孤立させたのである。誰も出られないし入ることもできないが、犯人もまたアジトから動けないはずだ。イポスとフォラスは少し焦っていた。まさに第二のアジトがすぐにでも必要となるような、恐れていた事態が起こってしまったのだ。できればソロモンの帰還前に解決したい。
しかし以前にあった襲撃のような、メギドラルの侵略ではなさそうだった。根拠は、イヌーンの現場検証の結果である。
「我に言えることは、犯人はこのアジトの中にいる誰かだろうということだ」
アジトの中の誰か……?大広間にいる者たちはあちこちで顔を見合わせた。内部の犯行だというのか、この中の誰かが軍団の仲間であるフラウロスを殺したと。
フォラスがイヌーンの見解に食いついてきた。
「待て、外部からの襲撃じゃねぇってのかよ?おまえさん、なにを根拠にアジトの誰かだって推測してんだ」
「においだ。フラウロスの周囲に我の知らぬにおいはなかった。つま外部の者は入ってきておらぬ」
イヌーンの嗅覚の正確さは、アジトの誰もが知るところである。
「においがまったくない相手だとしたら?」
これはイポスの突っ込み。
「犯人自身のにおいがないことはたしかにあり得る。しかしその者がアジトの外から来たのだとしたら、結局は『アジトにはないにおい』がなにかしら残るはずだ」
「なるほど、土も踏まずに忍び込むことはさすがにねぇってことか」
「だがそれならそれで、死体に付いたにおいをかぎ分けて、誰が殺したか特定できないのか?」
「残念だが難しい。フラウロスからは軍団の多くの者のにおいがするのでな」
たしかにフラウロスは、非常に悪い意味でスキンシップが多いメギドだ。陽気な挨拶と共に軽く引っ付いて、財布の位置などを確認するのだ。盗れるかどうかはそのあと考える。
「様々な知ったにおいしか残っておらぬ。故に我はアジトの誰か、内部の犯行だと思ったのだ」
「……ポータルを封鎖して、誰も出さないようにする処置は正解だったな」
「しかし犯人の目星を立てんことには、ソロモンたちの帰還も滞るぞ」
そこへ、ムルムルに連れられた妄戦ちゃんが入ってきた。
妄戦ちゃんが姿を現すと、そこにいた全員の注目を浴びた。ざわついていた空気もピタリと静まったようだった。視線の圧に妄戦ちゃんの歩みが一瞬止まるが、それに負けじと人だかりのほうへと進む。今このアジトは平穏な日常ではなく非日常なのだ、なんとかそこから脱しなくては。そんな気持ちが妄戦ちゃんを突き動かしていた。
「フラウロスさんが死んでるって聞きましたけど……」
「ああ。そこでひっくり返っているのがそうだ」
イポスは答えながら、顎を振って場所を示した。
床にうつぶせで倒れているのは間違いなくフラウロスだった。ほんの数時間前、妄戦ちゃんが真夜中に会って話したときのままの恰好だ。しかしピクリとも動かない。
「死んで……るんですか?」
「そうだ。そうだな?」
イポスに聞かれた形になったサタナキアは黙って肩をすくめた。専門外のことはわからなくてね……とでも言いたげな態度だった。代わりに隣にいたアンドラスが軽く頷いて答えた。
「まだ状況を残しておけってことだから軽く調べただけだけど、生命反応は止まってるよ。外傷はないし、少し吐いてるから毒殺だと思う。最初にまず携帯フォトンを使って回復させてみたけどまったく反応しなかった……つまりその時点でもう絶命してたんだ」
メギドの力も通じなかった、だから死んでいる。アンドラスの口調は普段と変わりなかったが、その分事実がより冷徹に伝わってきて妄戦ちゃんは寒気がした。フラウロスはもう死んでいるのだ、昨晩普通に話したというのに。
思わず死体のほうへ近寄ろうとしたが、すっとフォラスが身体を突き出してきて遮られてしまった。
「フォラスさん?」
「死体には近づかねぇようにしてくれ」
「……おい、妄戦ちゃんは違うんじゃねぇか。理由もねぇし」
ガミジンがそれを咎めた。
「毒殺ならまず俺を疑うべきだろ。最後までフラウロスとここにいたのは俺だ。妄戦ちゃんとも話したが、こいつはすぐ部屋に戻ってったんだぜ。さっきも言ったろ」
妄戦ちゃんはハッとした。周囲の視線は相変わらず妄戦ちゃんに集まっている。そこでようやく妄戦ちゃんは、どうしてムルムルがあのとき戸惑ったのかを理解した。疑いがかかっているのだ、フラウロスを殺害した犯人として。たしかに昨晩の行動は、フラウロスを殺害するために大広間の状況を確認しに来ていた、と見えなくもない。
メギドラル遠征組以外の者にとって、妄戦ちゃんは意外と謎めいた存在のままだった。メギドラルで世話になったとは聞いていても、それを見ていない者にはまるで実感がないのだ。だから妄戦
ちゃんがソロモンをはじめとした指導的立場にある者たちと妙に仲がいい、信頼されているということを快く思っていない者もたしかにいる。実はムルムルも、妄戦ちゃんを嫌ってまではいないが必要以上に構おうとしない、距離を取っているメギドだった。
妄戦ちゃんに視線を投げる集団の中から一人、ずいっと進み出る者があった。ベリトだ。そのまま戦ちゃんに近づいてくる。
ベリトは妄戦ちゃんにとって馴染みの薄いメギドだった。俺様主義がなんとなく苦手だったし、ベリトは妄戦に一切興味を示さなかったからだ。
長身のベリトの圧に押されて思わず後ずさる妄戦ちゃん。しかしすぐ後ろはもう壁だった。構わずさらに近づいてきたベリトは、壁に片手をドンと叩きつけ、一気に妄戦ちゃんに顔を近づけた。
妄戦ちゃんは背中を壁につけたまま、ずるずると腰を落とす。
「俺様にはわかったぜ。妄戦、犯人はテメェだ」
妄戦ちゃんが犯人——
「わ、私じゃありません!」
「犯人も無実の野郎もみんな最初はそう言うんだ。嘘は妄想の中だけにしときな」
ドヤ顔でかっこいいことを言ったつもりらしいが、無実の者がそう言うのは当然のことなので全然かっこよくはない。
「私は戦争とかしたくないので誰のことも攻撃しません!つまり殺す理由がありません!ついでに方法もありません!」
「だがこの中でソロモンの召喚を受けてねぇのはテメェだけなんだぜ」
「だからなんですか!それがフラウロスさんを殺す理由になるんですか!
「だ、だから……えーと……理由?」
ベリトは思わず目を逸らして理由を考え始めた。観念して犯行を白状し始めるような流れを想定していたらしく、間髪入れずに言い返されるとは思っていなかったようだ。妄戦ちゃんはこう見えて結構気の強い、不屈のメギドである。言い負かすには妄戦ちゃん自身が納得するような、それなりの理屈が必要になる。
「…..いいか、召喚されてるメギドが同じように召喚されてるメギドにそんなことをしてみろ。召喚した大元のソロモンが困っちまうだろ。だからやるわけがねぇんだ」
バナルマの理屈ですか!あまりに取って付けたような思い付きの理屈に妄戦ちゃんは言葉を失う。全然筋が通っていない。そんな理屈で、やるわけがないという結論になるわけがない。しかし同時に、同様のことを周囲も感じているのだということも理解した。たしかにメギド72という軍団の拠点、アジトにおいて、ソロモンの召喚を受けているかいないかは集団性、社会性を形作るにおいて基本的な共通点となる。理屈として筋が通っているかどうかはともかく、妄戦ちゃんだけが違う。大広間に入ったときに感じた正、疎外感の理由はこれだった。なにか非日常的なことが起こったときにまず疑われるというのは、最初から想定しておくべきリスクだったかもしれない。さらに妄戦ちゃんにとって不運だったのは、ちょうど大広間に入る直前に、これは内部の犯行だろうという話が説得力をもって提示されていたことだ。
「とにかく消去法でテメェしかいねぇ、完璧な推理だぜ」
「ガバガバな推理です!」
「ああ?だったらテメェ反論してみろよ」
「はい!まず私はこのアジトに自分の部屋をもらっています。これは私にとってとても重要なことなんです!だってレジェ・クシオの部屋は焼けてしまって、他に行くところなんかないからです!次にもし私が犯人だったら、アジトの主であるソロモンさんに部屋を取り上げられてしまうんです!これは私にとっては死活問題、いえ個を保つことすら怪しくなるような破滅的なことなんです!だから!絶対に!ソロモンさんやアジトに住んでる人たちが困るようなことはしません!このようなことから、私がフラウロスさんを殺すはずがないんです!結論として、私は犯人じゃありません!」
ベリトの推理と理屈の精度は大して変わらなかったが、言い方には鬼気迫るものがあった。実際、妄戦ちゃんにとっては文字どおりの死活問題なのである。
「……一理あるな」
「はい!」
ベリトがあっさり納得したので、全員が心の中でずっこけた。最初の「俺様にはわかった」発言はなんだったのか。
今や周囲の視線は妄戦ちゃんではなくベリトに集まっていた。ちょっと呆れているような視線だったが、ベリトは背を向けたままなので気付いていない。
「……まぁ、そうだろうとは俺も思うぜ。妄戦ちゃんは召喚を受けてないからこそ、わかりやすい騒ぎを起こして追い出されるような真似をするとは思えねぇ」
妄戦ちゃんを遮ったフォラスもそれを認めた。
「だが実際にフラウロスは死んでるし、アジトに誰かが侵入した形跡も見つかってねぇ。つまりここにいる者、昨晩からアジトに滞在していた者は全員怪しいんだ」
「そういうことだったんですか……」
「おい、俺様の可能性もあるって思ってんのかよ」
「おまえさんはコレクターだろ?知られていない毒を持っててもおかしくねぇし、真犯人が別の犯人をでっち上げるって行動もありそうな話だ」
「言いがかりだぜ!それじゃなんでもアリだろ!」
「そうですよ!そもそもアジトの誰かの仕業だっていうのは先入観なんじゃ……」
さっき疑われたばかりだったが、妄戦ちゃんはベリトの味方をした。アジトのメギドたちが、お互いを疑うようなギスギスした雰囲気が嫌だったのだ。
「あたしも妄戦ちゃんと同意見だわ。イヌーンには悪いけどね」
さすがにムルムルも妄戦ちゃんに味方した。
「フラウロスが死んだなんて大騒ぎになるわ。仲間が死んだのよ?
ソロモンさんが戻ったら全員が徹底的に調べられるでしょ、そんなことわかりきってる。だったら仮に軍団の誰かが殺したんだとしても、なにもアジトでやることないじゃない。外で殺すほうが合理的だわ。それなら内部の犯行とは思われないもの」そのとおりだ。全員がなんとなく頷いた。
「しかし外部から誰が入ってくるっていうんだ。においの件は置いておいても、ポータルに見張りはいたはずだからそのルートはねぇ。それに今じゃアジトの外を歩いてくる者たちはすべてキバの女王たちが監視してくれる態勢になってる。どこから入れるってんだ?」
「わからないけど、裏をかかれる可能性はあるでしょ。そういう施弱性を埋めるためにソロモンさんたちが今第二のアジトを探してるんだから」
そのとおりだ。全員がなんとなく頷いた。
「……だが殺されたのはフラウロスだぞ?内部犯行の線が一番ありそうな被害者でもある。軍団の誰とトラブルになっていてもおかしくないからな」
そのとおりだ。思わず全員が納得した。その場の空気は、再び外部の侵入者から内部犯行の可能性のほうに傾き始めた。
「ポータルの見張りをしていたのは誰だっけ」
「俺だ。少し前、この騒ぎになるまで担当してた」
ガミジンだった。
「約束してたからな。夜中、サブナックと交代した。妄戦ちゃんが部屋に戻った少しあとくらいだったな。そこで交代してからはずつとポータルの前にいたぜ」
今はガープが見張っている。さすがにガープが疑われることはなかった。フラウロスとは仲が悪いはずだが、殺したのなら自分で殺したと言うだろうし、毒を使う性格ではない。
「交代してもらってから大広間をちょっと覗いたけど、そのときはまだフラウロスは生きてたぞ。それから俺は部屋に戻って休ませてもらった」
今度はサブナックの証言。
「なら、テメェも怪しいんじゃねぇか」
「やっていないが、怪しいのは認めるよ。フラウロスとも仲が良かったわけじゃないしな」
(フラウロスさん……人望ないなぁ……。殺されちゃってるのに、その事実以外にはみんなあんまり触れてこないし……)
妄戦ちゃんは今更ながら、フラウロスが可哀そうになってきた。
妄戦ちゃん自身はむしろフラウロスに親しみを感じていた。警戒心が必要な相手ではあるが、それはメギドラルの剣呑なメギド相手でも同じ、悪辣さではあっちのほうがずっと上なのだ。いつも変わらない馴れ馴れしい態度や、ソロモンと妄戦ちゃんでまったく接し方に区別をつけないなど、妄戦ちゃんにとって美点と感じるところだっていくつもあるのだ。
もちろん、仲間なのだから軍団の者たちにも怒りや悲しみがある。ただ妄戦ちゃんと違って全員戦争のプロなので、それを表に出さないようにしているだけなのだ。
妄戦ちゃんはふとフラウロスのほうを見た。フラウロスの傍にへたり込んで、悲しげな様子で死体の髪を撫でているのはゼパルだけだった。その光景がさらにフラウロスの死を実感させて、妄戦ちゃんは泣きそうになった。
「そういえば、第一発見者は誰なの?」
「私です、今日の朝食担当です」
アイムだった。彼女もまぁ、疑われるようなタイプではない。過激な行動を取ることもあるが、やるならガープ同様堂々と殺してそれを戦果として自分から言うだろう。さらにその場合の死因は、毒ではなくフライパンによる撲殺になるはずだ。
「…..とにかく真夜中、フラウロスがここに一人でいたときの犯行だ。それに起きていた者も寝ていた者も、基本的には一人だった。可能かどうかで言えばアジトの誰でも実行可能だ」
状況が整理されてくると、やはり内部の者の犯行が一番ありそうだとほとんどの者が思い始めた。だが……。
「だが動機がわからんことには手がかりもないぜ。フラウロスは恨みを買いやすいと思うが、誰かとトラブルになってたって話は知らん。誰か知ってるか?」
全員が首を振った。
「これじゃ容疑者は絞れんな……どうやって情報を集めるか」
イポスが少し考え込んだ。妄戦ちゃんが疑われたときのやり取りを思い出しても、問い詰めてわかるようなことではないだろう。
「とにかくここに集められた者は俺も含めてアジトから出ることは禁止だ。ポータルも閉鎖中だからな、近づくな。もしアジトから姿を消した者がいたら犯人だと断定して討伐する」
イポスがそう宣言した。それは妥当な判断だ、全員が頷いた。
とりあえず妄戦ちゃんはホッとした。疑いは晴れた……わけではないが、一応、保留となったらしい。
「それはいいが、この場はどうするんだ。ずっとここにいないとならないのか?」
「そもそも犯人がこの場にいる誰かかどうかも確定じゃねぇだろ」
いくつか上がった不満の声で、ハッとしたようにイヌーンが顔を上げた。
「どうした?」
「……フラウロスの死体をここから移そう」
そう言うとイヌーンはフラウロスの服を噛み、どこかへ引きずろうとした。それをフォラスが慌てて遮る。
「おい、現場の状況は残しておけ!」
「いや、それはもう無意味だ。既にこの場の全員が状況を見ているのだからな。それよりこのまま死体を放置したら、状態を悪くさせる一方ではないか」
「え、やだよ!もう中庭に埋めちゃうの!?」
唯一泣きそうな顔でフラウロスの傍を離れなかったゼパルが、さらに泣きそうな顔で叫んだ。
「埋めたりはせぬ。埋葬するならビフロンスを頼るのが筋であろう」イヌーンの行動に戸惑う集団の中から、ずいっと出てくる者があった。ベリトだ。
ベリトは妄戦ちゃんのときと同じように、イヌーンを覆うように腕をずいっと突き出してきた。しかし今度は壁が近くになかったので、腕はそのまま不自然に宙に突き出されたままになった。ただ、影はいい感じにイヌーンに落ちている。イヌーンから見れば壁に追い詰められているように見えることだろう。イヌーンは本能的にしっぽを二回ほどふりふりと振った。
「わかったぜ、イヌーン。テメェが犯に……犯犬だ。証拠を隠そうとするなんざ、いかにも犬らしい行動じゃねぇか」
「我ではない。そもそも外傷も残らない殺害など我にはできぬ。
それに証拠を隠すなら、発見される前に中庭に埋めている」
「やっぱり埋めちゃうんだ!」
嘆きの叫びを発するゼパル。
「埋めぬというのに。死体を『守る』だけだ」
「守る?ふむ……なら、いいだろう。任せるぜ」
真意はわからなかったが、イヌーンは頼できると考えたイポスは、そのまま好きなようにさせることにした。イポスはイポスで犯人を特定する方法を考えなければならない。
「感謝する。あとは誰か……そうだな、グレモリー。死体を運ぶのを手伝ってくれぬか」
「ん?構わんぞ」
休暇がてらたまたまアジトに滞在していたとはいえ、仮にも領主を務める者に死体運びを手伝わせるのは大胆なお願いだったが、グレモリーは気にも留めていないようだった。
「あたしも手伝う!」
涙をぬぐってゼパルも立ち上がり、フラウロスの身体に手を回して少し持ち上げた。グレモリーもそれを手伝う。
イヌーンは死体運びを二人に任せ、大広間にいる者たちに向かってこう宣言した。
「我はフラウロスの死体を近くの部屋に安置し、誰にも接触させぬよう番をする。当然、我以外が犯人であるから、死体になにかしようとした場合にはそれを阻止するつもりだ。仮に我が犯人だったとして、証拠を隠すような行動を起こした場合は、同行するグレモリーとゼパルが我を止めるだろう。いいな?」
「……いいんじゃない?」
「……………………」
なぜわざわざそんなことを全員に向けて宣言するのか、多くの者にはわからなかった。しかし真意が伝わった者も、中にはいた。
「では、これで失礼する」
イヌーンたちは大広間から出ていった。すれ違う際イポスとイヌーンはしばし目を合わせ、特に合図もなく同時に視線を外した。
イヌーンにはなにか策があるということを、それでイポスは察した。フラウロスの死体は犯人を釣る餌なのだろう。だとすれば、イポスにできることは……。
「…..捜査担当を作ろう」
「あん?」
突然の提案に怪訝そうな顔をするフォラス。
「必要なのは聞き込みだ。フラウロスがなにかトラブルを起こしているとすれば、聞き込みでなにかわかるはずだ。それを進める役がいる」
「それは俺たちじゃねーの?」
フォラスは自分とイポスを人差し指で順番に指した。イポスはニヤッと笑って「もっと適任がいるぜ」と答える。
「誰だよ」
「ん」
イポスが顎で示した先にいたのはベリトだった。全員の視線がベリトに集まった。
注目されていることに気付いた当のベリトは、偉そうに腕を組んで背を伸ばした。俺様に任せておけ、というポーズのようだった。
「ウッソだろ」
「推理は得意みたいだぜ」
「当たらねぇ推理なんか、子供でもできんだよ」
「フン、小物が偉そうに言ってくれんじゃねぇか。犯人を見つけりゃいいんだろ?俺様に任せときな」
俺様探偵ベリト、誕生の瞬間である。
「大広間の者は一旦、全員解放して自室で待機とする。各自、アジトの仕事や必要なことはいつもどおりやってくれ。ポータルの見張りだけ、こっちから指定させてもらう。それとアジト内の備と巡回も行う。その辺りは俺が仕切る」
「俺は?」
フォラスは今度は自分に対してだけ、クイッと人差し指を指した。
「図書室で待機してくれ。みんな、大勢の前で言いにくい情報は、自主的にフォラスのほうへ提供してほしい」
そういうことね、と納得したように、フォラスは顎を引いて両掌を軽く上げた。
「あとは、ベリトの聞き込みにはできるだけ協力してやってくれ。いいか、これは現状維持じゃない。事件解決に向けてそれぞれ必要な行動を頼む」
イポスの指示で、それぞれが動き出した。妄戦ちゃんも部屋へ戻ろうとした。それをベリトが遮った。
「おい、妄戦」
「また……私、犯人じゃありません!」
「そうじゃねえ。テメェ、助手をやれ」
「助手?」
予想外の話だった。
「俺様は犯人を捜す探偵だ。探偵ってわかるか?探偵には助手が必要だからな」
ベリトとしてはアムドゥスキアスがよかったのだが、生憎留守にしていてアジトにはいなかった。だから、まぁ、誰でもよかったのである。
妄戦ちゃんのほうは、探偵というものをフルーレティから聞いたことがあった。殺人現場を調査して、推理で犯人を探し出すというヴィータたちの仕事の一つだ。しかし飛びぬけて高い能力が要求され、そのため成れる者は少なく、だからこそ探偵は事件を解決したときに大きな名声を得る。
(戦争なき戦果だ!一度やってみたかった!)
フラウロスに対して申し訳なく思いながらも、妄戦ちゃんは俄然興奮してきた。ソロモンさんがいない間に探偵ごっこだ!探偵役ではないのがちょっと残念だが、探偵役のベリトがガバガバなのはもうわかっているので、有能な助手こそ真の探偵であるという立ち回りができるかもしれない。
「……わかりました、お手伝いしましょう!」
妄戦助手、誕生の瞬間である。
こうして、俺様探偵ベリトと妄戦助手によるフラウロス毒殺事件の捜査が開始された。
勇ましく大広間をあとにする二人だったが、そのとき妄戦ちゃんの頭の片隅でふと、今ごろソロモンさんはどうしてるかな……という考えがよぎってすぐに消えていった。
3:第二のアジトの候補
「こんなところ、アジトにできるわけないだろ!」
ソロモンたちは空の上に立っていた。正確には、浮島の上だ。全長五百メートルほど。密かにメギドラルに入って、マモンに案内されてやってきた第二のアジトの候補がここだった。しかしヴィータのソロモンにとっては、自分の足で行けない場所にあるアジトなど論外と言ってもよかった。候補地はこれで三つ目で、ここより前に見た場所はどれもいまいちという印象だった。それでも三つ目のここに比べたら、普通に住めるだけずっといいところだったのかもしれない。
「もしポータルが壊れたら、俺はどうやってここまで上がってくればいいんだよ!アジトに帰れないじゃないか!」
「そしたら俺がメギド体になって運んでやるよ。ただしちゃんとお願いしろよ?『調停者様のお力添えをお願い申し上げます』とかなんとか」
バラムがニヤニヤしながら反応する。ソロモンが取り乱してぷんすかしているのが楽しいらしい。
「やだね!バラムに頼むくらいなら、俺はこっから飛び降りてやる!」
「んなっ!?」
今度はバラムが取り乱した。
「ざけんな!オマ、そんなことしたらどうなると思ってんだ!」
「どうなる……えーと、たぶん、ブネかパイモンが助けてくれると思う」
それを聞いたパイモンはニヤッと笑いながら「もちろん助けるさ。そのまま空の散歩でも楽しもうぜ」と言い、ブネはフンと鼻を鳴らして「飛ぶ前に一言言え」とだけ言った。
「ありがとう!」
「なんでオマエら助けちゃうわけ!?そうやって甘やかすから、こいつに王の自覚が足りねぇままなんじゃねぇか!飛び降りるってなんだよ、飛び降りるって!」
今度はバラムがぷんすかしてソロモンがニヤニヤする番だった。
「……どうもやり取りに矛盾がありますね。バラムの要求はこの浮島に来るときの話です。ソロモン王の行動は浮島に来たあとの反応になる。最初からソロモン王が断るかバラムが条件を変えればあとの状況は起こりません」
ガブリエルがクソ真面目な突っ込みを入れてきた。冒険に同行していなかったので、ガブリエルにはノリで話す軍団の雰囲気がよくわかっていなかったのだ。そういつもいつも論理的な話ばかりしている集団ではない。むしろ普段はバカ話のほうが多いのだ。だからウェパルが助け舟を出した。
「猫のじゃれ合いだと思ってほっとけばいいのよ。あの二人は同レベルのバカなんだから」
「なるほど」
「なるほどじゃない!」
「なるほどじゃねぇ!」
ガブリエルもほんの少し軍団のノリに馴染んだようだった。ブネは苦笑しつつ、現実的な話のほうを進めることにした。
「……マモン、案内してもらっておいてすまんが、探してるのは第二のアジトを作る場所だ。それがメギドラル側にあるのはやはり問題がある気がする」
「意外性はあると思うけどな。ヴァイガルド防衛を旨とする軍団が、まさかメギドラルに常駐してるとは思わないだろ」
バルバトスが茶化すように言った。
「意外性なんて求めてねぇんだ。なにかあったときわざわざヴァイガルドに戻らなきゃならねぇとしたら、作戦展開にゃ致命的だろ」
「心配いらないわ。というか、メギドラルに住まわせるためにここを紹介したんじゃないのよ。それじゃ私が王都に遊びに行くとき困るじゃない」
マモンの答えに、騒いでいたソロモンたちも顔を向ける。
「まさか、この浮島を……」
「そう。ヴァイガルドまで運ぶのよ。ハルマに手伝ってもらえば引っ張っていけるでしょ」
へぇ、それ面白い……!とソロモンは笑顔になったが、他の者たちは違った。
「目立ちすぎる!」
「ヴァイガルド中の注目を浴びるぞ!」
「そう?だって軍団の第二のアジトなんでしょ?派手なほうがいいじゃない」
「いや、秘密にしてぇんだよ!!」
「秘密なんてどうしたっていずれバレるでしょ。そのたびに今度は第三のアジトだ、第四のアジトだって探すわけ?どんどんアジトの質が悪くなるだけなんじゃないの?それよりは、逆にアジトがここにある、守りは万全だって威容を示すほうが防衛思想ってものになるじゃない」
あ、ダメだ……さすがにソロモンも気付いた。
こちらは負けたらすべて終わりという、文字どおり最後の砦としてのアジトを欲しているのだ。マモンの言うこともたしかに筋は通っているが、戦争上等すぎる。そもそもマモンは純正メギドでマグナ・レギオの指導的立場だ。極めて有能なのだがそれはメギドラルの戦争社会においての話で、拠点や防衛についての考え方がやはりソロモンたちとは違いすぎる。不都合はあとから力ずくで対処する、できて当然というメギドラル流の考え方から離れられていない。
そういえばそのような考え方の違いから、最初はマモンと対立してたんだっけ…..とソロモンは今更ながら思い出した。
「あのな…..ヴァイガルドには、基本的に浮島なんてねぇんだ」
「知ってるわ。だからこういうのがいいと思ったんじゃない。他にはない場所ってことよ?価値のある土地だわ。そこにアジトを構えるって理想的じゃない」
「いや。本来ないものだからこそ異物感が強い。好奇心や欲の強いヴィータまで引き寄せるし、防衛側の俺たちに無用の反感を持つ者だって出てくるだろう。それに侵略の意思までなくともただ戦争したいだけのメギドたちまで引き寄せるかもしれん。つまりいらんトラブルをうんざりするほど増やしちまうんだ、防衛どころの話じゃねぇ」
「それに浮島だからね。攻撃されて島ごと落とされたらそれで終わりだ。標的としてわかりやすい分、砲撃のような遠隔攻撃で容易に攻め落とせる。アジトってものの防御力がかなり怪しくなるんじゃないかな。そういう場所に、ポータルみたいな重要なシステムは移せないよ」
マモンは不満そうに頬を膨らませたが特に反論はしなかったので、ブネやバルバトスの言ったことを一応理解したようだ。
「でも、せっかくマモンが探してくれた候補だし、なにかに利用できないかな」
「なにかってなんだ、具体的に言え」
「えーと……」
そのとき大きな音がして、浮島が激しく振動した。
「ななななななんだ!?」
それは攻擎だった。メギドの力による攻撃、まさにバルバトスが指摘したような島への遠隔攻撃が、突然に行われたのである。まるで本CD収録曲の一つ「斯くして「戦争」は成され』がかかったかのような急展開だった。
ソロモンたちが慌てて木々の後ろに身を隠しつつ見ると、浮島を取り囲んでいるメギドが何十体も確認できた。誰もがメギド体になっていて、島に向かって強力な攻撃を放っている。どうも誰かに向かってというより浮島そのものを無差別に攻撃しているようだった。
「な、なんで!?」
「マモン、ここに来たことを知ってる者は?」
「いないはずよ。私を狙ってるっていうの!?8魔星を!」
「あり得る話だぜ。8魔星を弱体化させようって連中はいつだっている。浮島ごと落として7魔星にできる絶好の機会だ」
「狙われてるのはソロモンのほうかもよ?」
「なんにせよ、やはりメギドラルまで来たのは迂闊だったな。反撃を……」
「待って。ちょっと攻撃が緩くなってきたわ。なにか戸惑ってない?」
浮島を攻撃しているのは、とある軍団のメギドたちだった。
浮島のすぐ近くでは、その軍団を率いる軍団長が攻撃を見守っていた。そこへ、浮島のほうからメギドの一体が戻ってきた。現場を仕切っていた副団長だった。
「マズウテ軍団長!攻撃目標の浮島に誰かいます!」
「なにがおかしい、イヤシカシ副団長。攻撃してる先にいるんだから敵ってことだろう」
「なるほど!いやしかしそれでは順序が逆です!敵がいるからあそこを攻撃したわけではないのですよ!」
浮島を攻撃してきたメギドたちは、マモンどころか誰かそこにいるということ自体、考えていなかったらしい。
「順序が逆でも辻褄が合えばいいじゃん。まず攻撃しよう?」
「そうですね!いやダメです!そもそも、これは戦争のはずです!『賭け戦争』なんです!」
賭け戦争は、つい最近始まった新しい戦争ムーブである。実は懲罰局戦争のときのメフィストの煽りが元になっているのだが、まだメギド72の誰一人として賭け戦争のことは知らない。
「あの浮島を時間内に落とせれば、こちらの軍団の勝利というのが今回の『賭け戦争』です」
「いい戦争だよな。思いっきり暴れつつ、双方の軍団には誰も損失がない」
「いい戦争ですね!いやそうじゃなくて、誰もいないはずの浮島に誰かいるようなんです」
「だから、殺しちゃえば?」
「ダメですよ!それでは無関係の者を巻き込むし、こちらにも被害が出ます。『賭け戦争』になりません!」
「ごめん、よくわかんない」
「浮島のヤツらに反撃されたらただのマジ戦争じゃないですか!
しかも賭けの相手軍団も参加したら大乱戦、被害がどれくらいになるかわかりません。滅茶苦茶ですよ!」
「あー…..」
「攻撃が止んだな……?」
身を隠したままバルバトスが指摘する。それを切っ掛けに、ブネやソロモンが素早く同行者たちの無事を確認する。
「一応、被害は出てないようだ。直接誰かが狙われたわけじゃなかったからな」
「じゃあ、なんだったのかしら」
いつの間にか浮島への攻撃は完全に止まっていた。相変わらずメギドたちが浮島を取り囲んでいるが、ある程度距離を取ったまま空中に浮かんでいるだけだった。
「……この浮島に所有者は?」
「いないわ。少なくとも議会は認めてない。野良浮島よ」
野良浮島って言うんだ……。ソロモンは変なところに感心した。
そして、じゃあヴァイガルドに流れてってもいいのかな、一個くらいヴァイガルドにも浮島が欲しいな、などとちょっとした空想を膨らませた。
「わからん……所有するために制圧しようって動きでもなかったしな」
「どう考えても壊そうとしてたもんな、浮島を」
「おおーい、そこに誰かいるのか!」
浮島を囲むメギドたちの中から、大声を発しながら一体のメギドが近づいてきた。
「誰か来た!」
「声をかけてくるってことは、まだ本気の戦争のつもりはないんだな。……俺が出る」
即断即決のブネが、相手に姿を見せるために立ち上がった。だまし討ちの可能性があるので、この場合マモンやソロモンが姿を見せるのはよろしくない。同様の理由でこちらの戦力を隠す必要があり、ブネ以外の者は全員隠れたまま息を殺した。
ブネを見つけたメギドは空から近づいてきた。
「俺はマズウテ軍団長だ、攻撃の意思はない」
「嘘つけ!」
思わず怒鳴るブネ。声には出さなかったが、ソロモンたちも全員同じことを心の中で叫んでいた。
「ホントホント。誰もいないと思ってたんだ……というかだな、普通浮島なんかに誰かいるとは思わないだろ」
「ま、まぁな……」
「こっちからすれば、そっちのほうが不思議だぜ。ここでなにしてんだ?」
もっともな疑問だが、まさかヴァイガルド防衛のためのアジトを作ろうとしているとは言えない。
「……軍団の者たちを休ませるのに使っていた。ハルマの襲撃があってから、レジェ・クシオも落ち着かなくてな」
おー。
ソロモンたちは密かに驚いた。ごまかすというのが苦手なブネにしてはかなりうまい言い訳をしているように見えたのだ。実際、相手は納得した。
「あー!そういうことか、なるほど。オマエ、古いタイプのメギドなんだな。レジェ・クシオができる前は、軍団ごとに秘密のテリトリーを作って隠れてたらしいもんな。そいつは悪いことをした」
「……で、そっちの事情は」
「賭け戦争さ。この浮島を時間内に落とせるかどうか賭けてる」
「賭け戦争……?」
そういうものがあるということを、ソロモンたちはそこで初めて知った。それでようやく、今起こったのがどういうことなのかを理解した。
ブネとマズウテ軍団長は、賭け戦争を仕切り直す間に浮島から撤退するという話をまとめた。マズウテ軍団長たちが一時的に浮島から離れている間に、ソロモンやマモンは見つからないように撤収することができるというわけだ。
しかし、この浮島は数日ももたないだろう。賭け戦争によって攻撃され、粉々になってメギドラルの大地に還ることになるのだ。
どの道、ここはアジトには不向きだと判断していたソロモンたちは、ブネがまとめた話がこじれないようすぐに浮島をあとにした。ソロモンはメギド体になったパイモンの背中で一度だけ浮島を振り返り、それがヴァイガルドの空に浮かんでいる光景を想像してみた。
その上に住むのは難しいが、遠くから眺める分にはきっと面白い風景になるだろう。太陽に照らされた浮島の影が、どんな風に大地に落ちるのかを見れたらよかったのに。それから浮島の後ろに日が沈み、また浮島の下から夕陽が顔を出すのだ。
メギドラルの名もなき浮島はアジトには不向きだったが、候補の中ではもっともソロモンの印象に残るものになった。
4:俺様探偵ベリト&妄戦助手
ムルムルは、部屋まで訪ねてきた二人の聞き込みに答えようと
していた。しかしどうも噛み合わない。
ベリトは扉を開けるなり壁ドンしてきて「テメェが犯人だ」をやってきた。アジトの全員にそれをやれば、いつか正解に当たるという考え方なのだろうか。戦争的な意味でなら無関係の者まで片っ端から殺してリスクを無に帰すというやり方もなくはない。しかし探偵としては言語道断である。
まず質問してくれないと……というムルムルの戸惑いを、妄戦ちゃんは察した。
「ベリトさん、それ段取り悪いから最後にしてくれませんか?」
「テメェ、助手のくせに生意気だぞ!」
「ケンカしないで。協力はするんだから、なんでも聞いてみて」
しかしベリトも妄戦ちゃんも、揃って困った顔でムルムルを見るだけだった。そもそもなにをどう聞くか、まったくノープランのまま来たらしい。
「えーと……あたしは夕食後しばらくは大広間にいたわ。あの日はそんなに人もいなくて、カウンターではグレモリーが一人で飲んでたわ。サキュバスかウァラクでもいれば話し相手になってたかもしれないけど、どっちも留守だから。あたしと少し話してくれたけど、あんまり共通の話題もないのよね。あとはサタナキアが入ってきてうろうろしてたくらいしか憶えてないわ。あたしがサタナキアになにか飲む?って聞いたら、なにがあるのか聞いてきたわ。三つくらいお酒を見せたけど気に入らなかったみたいで、結局なにも飲まずに出ていったわ。あたしもそれからカウンターを片づけてすぐ部屋に戻って、軽く運動してから早めに寝ちゃったから」
二人の段取りの悪さに堪えかねて、先にムルムルのほうから答えなければなるまいと思った内容を一気にまくし立てた。これだけ情報があれば、まぁ聞き込みとしては上等だろう。特にサタナキアの行動が怪しい。口には出さなかったが、ムルムルとしてはとびきり重要なヒントを提示したつもりだった。
「ありがとうございます!」
妄戦ちゃんは心から感謝した。話してみると、やっぱりムルムルはいい人だ。今度からもっと積極的に仲良くしてみようと思った。
その前に今の話に出てきた者たちにも当たって、そっちの視点からも状況が同じだったかどうか確認しなければならない。そしてもし食い違うところがあればそこを追及すればいいのだ。なるほど、聞き込みとは聞くことなのだ。妄戦ちゃんは、探偵として一段階成長したような気持ちになった。頭の中の妄想イメージでも、「進化成功!」の文字が輝いている。
「ムルムルさんが協力的でよかったですね、ベリトさん!」
「いや……俺様わかったぜ。自分からいろいろ話したってことは、つまり中身はまるっと嘘ってことだ」
「また思い付きで!言いがかりみたいなことを!」「うるせえ!相手の言うことを鵜呑みにしてたら探偵になんねえだろうが!」
(またケンカしてる……なんでこの二人はこの面倒な状況でコンビを組んでるの)
「それなら探偵らしく推理を聞かせてくださいよ!」
「おう、任せろ。えーと…..」
「ほら!今から考えてるじゃないですか!嘘だって決めつける根拠もないくせに!」
「そこはあとでいいんだよ!とにかくムルムル……テメェはフラウロスを毒殺した」
「してないわよ」
「テメェはカウンターで飲み物を振る舞ったり、要望に応じて食いものを出してやがる。やろうと思えばテメェには毒殺が可能なんだよ。そもそもなぜだ?なんのために大広間の連中のために酒を出すなんてことをしてやがる」
そういえばどうしてだろう、思わず妄戦ちゃんも疑問の目をムルムルに向けた。
「お給金が出てるのよ。少しだけど、軍団の資金からね」
「そうなんですか!」
「ほう。俺様、初耳」
「そりゃ、自分から言いふらしたりしないわよ。基本的には善意でやってるし、お金が出るならってこき使われたり無茶振りされるのは嫌だしね。あくまで働きに応じたちょっとしたご褒美、程度の話。でもアジトのみんなに居心地よく過ごしてもらうために、あたしもできる限りのことはするわ」
「えらいです!ちゃんと働いて自分の居場所を作ってるんですね!」
「………」
「またこじつけを考えてますね。どうしてもムルムルさんを犯人にしたいんですか」
「そうじゃねぇ…..そうだ!妄戦!」
「私、犯人じゃありません!」
「そうじゃねぇよバカ。妄戦しろっつってんだ」
「は?」
「は?」
意味がわからず、妄戦ちゃんとムルムルが同時に同じ反応を返した。
「チッ、小物は頭の回転が鈍っちくて合わせんのが大変だぜ」
「は?」
「は?」
ムカッときて、妄戦ちゃんとムルムルが同時に同じ反応を返した。
「さっきの話で俺様ピンときたぜ。たしかに自分から言いふらしたりはしねぇ。だけどよ、そこにこそ手がかりがあるじゃねぇか!」
「なんのこと?」
「『フラウロスをどう思ってるか』さ。そいつは妄戦すりゃ、わかるんじゃねぇか?ムルムルが素でフラウロスに対峙したときどう反応するか、妄戦でテストすんだ」
「なるほど!」
妄戦ちゃんは驚きと共にその考えに同意した。
要はダゴンやオリエンスの精神を回復させたときのことの応用だ。現状をボカしたムルムルの意識だけを妄戦に連れ出して、フラウロスと対峙させてみる。そこでもし殺意を見せたとしたら、本当に殺している犯人かもしれない。
「こんな状況じゃ口から出た答えなんざ、なに聞かされたって用できねぇ。他のヤツからいちいち発言の裏を取って回んのも面倒だ」
一応、ベリトも聞き込みをどういう風にやるのが正攻法なのかはわかっていた。ただ地味だし手間なのでやりたくなかっただけだ。
それこそ思い付きだが、妄戦を使えば手っ取り早く容疑者を特定できるかもしれない。いや、毒殺なんて殺意がなければやらないだろう。アジトの全員にこの妄戦を試せば、最低でも一人はフラウロスに殺意を持つ者を特定できるはずだ。つまりこの方法なら、ほぼ確実に犯人を見つけられるということだ。
「やってみましょう!」
「いいわ、それで疑いが晴れるなら!」
ムルムルも同意した。
妄戦ちゃんはムルムルに目を瞑ってもらい、心の奥にいるムルムルの意識の一部をこっそり自分の妄想空間に連れ出した。自分が何者か、今どういう状況かよくわかっていないままのムルムルの一部を、そこでフラウロスに会わせてみる
——真夜中の大広間のカウンターで、フラウロスが一人酒を飲んでいた。そこへ、ムルムルが近づいてくる。眠れないのか、忘れ物でもしたのか、なぜ自分がここに来たのかはよくわからない。ただ、ここに来るのも、軍団の者がそこにいるのも、いつもの日常だ。たとえ、それがあまりウマが合わないような相手だとしても。
ムルムルは軽くグラスを見て、フラウロスの酒がまだ十分にあるのを確認した。だから聞いてみた、「なにか食べる?」と。
フラウロスは顔を少し上げて、なにもない空間を見ながら軽く考えた。
「いや、特に腹は減ってねぇ。なんか甘いもんあるか?それか金目のモノ」
「クッキーならあるわよ。ジズたちのおやつの残り」
金目のモノは無視した。フラウロスも気にしない。
「おいおい、よだれついてねぇだろうな」
文句を言いながらも差し出されたものを口に放り込む。
「クソまじい」
「そっか、だからジズたちも残したのね」
「チッ、残飯処理かよ」
「ふふ、珍しく役に立ったじゃない」
「るせえ。俺はアジトにいるだけで、クソヴィータに対しちゃ大貢献になってんだよ」
軽口の応酬。ウマが合わない相手だからといって、一緒にやれないわけでもない。同じ軍団の、肩を並べて戦う戦士なのだから——
——「はっ!」
ムルムルの意識が帰ってきた。そして今の光景が事実ではないただの妄想だということを瞬時に理解して、耳のほうまで顔が熱くなるのを感じた。はっず……本人同士のやり取りならなんの問題もないが、それを誰かに観察されていたと思うと……..。
しかしムルムルを見つめるベリトと妄戦ちゃんの顔は真剣だった。
茶化すような雰囲気はまったくない。
「たしかに見ました、ムルムルさんは……」
「……フラウロスの野郎に殺意は持っていねぇ!」
「よかった……!あたしじゃないって、証明されたのね」
真っ赤に火照った頬を両手で冷やしながら、ムルムルも喜んだ。
そうなのだ。これはメギドの力を利用している。だからこの結果は、メギドの軍団の中では証明に値するものとして認められるだろう。
成りゆきの思い付きにしては、とてつもなく有効な手段である。
ふと妄戦ちゃんはベリトを見た。
ふとベリトは妄戦ちゃんを見た。二人は同じことを考えた。
(私たち(俺様)、ものすごく優秀な探偵なんじゃないか!?)と。
ただ、やっていることは推理ではない。探偵かどうかは少し微妙かもしれない。
一方そのころ。
フラウロスの死体を運び込んだイヌーンたちは、部屋に自分たち三人と死体以外は誰もいないことを確認して一息ついていた。
「…..で、なぜ私を指名した。あの場では言えぬことがあったのだろう?」
「え!」
グレモリーの疑問に驚くゼパル。単純に、正義感が強くてフラウロスを殺した相手にも容赦しないからだと思っていた。ただ、なにか理由なり目的があってグレモリーを指名したとしてもわかる気がした。以前、カトルス教を率いていたフォルネウスを捕縛したとき、この二人は中心となって動いていたのだ。
「うむ。おぬしなら信用できると思ってな、共に来てもらった」
「なにか秘密の話なの?あたし、手伝わないほうがよかった?」
「いや、おぬしも用に足る者だと思っている。あの場で真剣にフラウロスの死を嘆いたのはおぬしだけだからな」
イヌーンはゼパルが悲しい思いをしていることをちゃんとわかってくれていた。それがゼパルにはとてもうれしかった。
「我と共にここを守る者は、信用ある者でなければならぬ。決してフラウロスを手にかけていないと断言できる者でなければ。ゼパルもいてくれてよかった」
「へへ……」
「あのとき貴様はずっとにおいを嗅いでいたが……におい以外に、なにか気になるものがあったのだな」
「うむ。おそらくフラウロスは死んでおらん」
「な……!」「ええっ!」
さすがにグレモリーも驚いたようだった。
「詳しい原理はわからんが、体温が完全にはなくなっておらぬのだ。故にフラウロスの死体はまだ『ただの物体』というわけではない」
「仮死状態か……!」
「アンドラスやサタナキアを欺いているからな。殺し損ねたというようなものではなく、最初から死を偽装しているのだろう」
「しかし、なぜ偽装なのだ。誰がやった」
「それはわからぬ。おそらく犯人から聞かねばわからぬものだろう」
「なるほど、それであのとき、不毛な大広間の話し合いを切り上げさせたのか」
「そうだ。事情については見当もつかぬが、完全に死んだわけではないのなら、『死体をそのままにする』とは思えぬ。仕返し程度の目的ならこっそり元に戻してなかったことにするか、逆に証拠を残さぬよう完全な死体に変えようとするであろう」
「それで死体をここに運んだんだ!死体を「守る」ってそういう……!」
ゼパルにもようやく状況がわかってきた。イヌーンはここで犯人を待っている。だからイヌーンが信用する者で守りを固めたのだ。ゼパルは思わず拳を強く握り締めた。
(もし犯人が襲ってきたらあたしがそいつを叩きのめしてやるから!)
ちょうどそのとき、部屋の入り口から声がした。
中に入っていいだろうかとでも言っているような普通の口調だったが、実際に聞こえた内容はとんでもないものだった。
「それ、実は俺がやったんだよ」
サタナキアだった。
サタナキアが堂々と部屋に入ってくると、イヌーンは低い唸りを発した。
「大丈夫、敵意はないよ」
カッと頭に血が上りそうだったゼパルをグレモリーが手で制した。
サタナキアの態度は挑発ではなく、あくまで素の行動なのだということがわかっていたからだ。
「意外と早く名乗り出たな」
「そうさせるためにわざわざ死体を運んで少人数で監視してたんだろ?実際、こっちとしてもありがたかったよ。あの場で名乗り出るのは本末転倒だったからね」
「ではどの道、犯人であることをいつまでも隠してるつもりはなかったということか」
「ああ、目的を達せられればその時点で名乗り出ていた。部屋のすぐ外で仕返し程度の目的とかいう話が少し聞こえたけど、そういうことではないよ」
「待て、目的の前にフラウロスのことだ。仮死状態だというのは本当か」
「ああ。当然あとから蘇生することができる。そうでなければ実験にならないし、目的のほうだってー」
「ではすぐに生き返らせろ」
グレモリーは真相よりもまずフラウロスの復活を求めた。イヌーンは意外そうな顔でグレモリーを見たが、ゼパルのことを思い特に口を挟まなかった。ただしグレモリーはゼパルのためというよりも、真相を知ったあとでサタナキアを殺さなければならなくなった場合にフラウロス復活の手立てがなくなることを考慮しただけだった。合理的で頭の回転が速いのである。
「いいけど、面倒なことにならないかなぁ」
「なぜだ」
「同意を取ってやった実験じゃないからね」
ゼパルは生まれて初めて、冷たい怒りというものを感じた。炎のように熱くなる怒りではなく、顔から血液がすべて引いていき、全身の熱が奪われていくような怒りである。怒りだけではなく、恐怖もあったのかもしれない。目の前にいるのは純正メギドだ。これがサタナキアの素なのである。
「……いいから、まずは生き返らせろ。それからゆっくり事情を聴く」
「わかった、ただし絶対にフラウロスをここに隠したままにしておいてくれ。この場の者だけの秘密だ。こっちだってわざわざ事件を起こしたんだ、それが解決したことをまだアジト内に知らせたくない」
5:犯人の自白
「メギドラルの情勢が変わったことは当然わかってるよな。えーと、混沌世界を元に戻したあとってことだけど」
サタナキアを椅子に座らせて、改めて事情を聴き始めた。グレモリーも対面で椅子に座り、その隣でイヌーンがお座りをしている。
ゼパルはサタナキアの背後だった。意外にもサタナキアはメギドラルの事情から話し始めたので、どうもアジトでの人間関係のようなものが事件の大元ではなさそうだ。
「もちろん……」と言いかけてグレモリーは考え直した。もちろん知っていると答えようとしたのだが、サタナキアは最前線で参謀を務めるほど頭のよいメギドだ。さも常識的なことを確認するような聞き方だったが、誰でも知っているようなことを話の前提にはしないだろう。なにか普通は知らない、あるいは考えてもいなかったようなことがこの事件に繋がっているのだ。
「……いや、すまん。わかってない。なにがあった」
「具体的な情報を持っているわけではないんだ。ただ、情勢は確実に変わっている『はず」なんだ。にもかかわらず、ソロモンたちは第二のアジト探しなんてお気楽な冒険に夢中になっている」
「……具体的な情報でなければ、なんなのだ」
「推理だよ」
「探偵ごっこか?」
「違う、今なにが起こりうるかを推理するんだ。このアジトはかってなかった「別の形の脅威にさらされてる」と俺は考えてる」
「………………」
グレモリーとイヌーンにとって、想像もしていなかった方向へ話が転び始めた。サタナキアはたしかに犯人だが、どうやらこの事件はメギド的な意味で戦争の一種、つまりなんらかの作戦を実行しているのだ。
「そう考える根拠は、ズバリ夢見の者たちだ」
「夢見の者だと?」
話はさらに意外な方向に転がった。しかし、そう感じたグレモリーの様子を見たサタナキアは、呆れたようにため息をついた。
「そこでピンとこないほど、アジトは平和ボケしてるんだ。
メギドラルの情勢が変わってるはずだってヒントまで出してるのに。
これだから俺は単独で行動することにしたんだ」
「悪いが、事件を煙に巻こうとしてるようにしか思えん。探偵ごっこには興味ない、答えを言え」
「わかった、先に答えを言う。なんのことかわからなくても、前提としてそのまま頭に入れろ。いいか、『このアジトに俺たちの知らない軍団員がなに食わぬ顔で暮らしてる』」
「?????????」
本当になんのことかわからなかった。そうっと顔を見合わせたグレモリーとイヌーンだったが、お互いわかってないらしいということがわかっただけだった。
「まず、夢見の者のことから補足する。連中はもう中立じゃない。メギドラルから蛆が手を引いて、『情勢が変わった」んだ」
あっ!!声までは出なかったが驚いた。そういうことか、たしかに情勢は変わっている。
「そうなると、どうなるんだ?リリスやリリムは」
「そう、その線があるから組織が直接敵対してくるようなことは今のところないと思う。だけど、連中はこれまで情報を売ることで組織を維持してきた。それが、蛆が去ったことで情報を売る相手がいなくなったんだ」
「……情勢が変わる前から、マグナ・レギオの軍団に雇われて行動することはあったはずだな」
「そのとおり。だから次に情報を売る有力な相手として、マグナ・レギオを選ぶことは間違いないだろう。軍団に雇われるってこれまでの受け身な関わり方から、もっと積極的にね。先に自分たちで情報を集めて売る。標的は俺たちさ」
バカな。
声までは出なかったが、信じられない思いだった。しかし、それはあり得る。あちらも組織だ、それを存続させるために既に行動していなければおかしい。混沌世界のあとのメギドラルを生き抜くための、新たな生存競争をメギドなら誰だってしているはずなのだ。アジトが平和だからといって、あちらもそうであるとは限らない。
イヌーンが口を開いた。
「おぬしの推理はわかった。推理というより、たしかにそう考えて備えておくべき防衛思想の一つであるな」
「本当に夢見の者がこのアジトを観察しているなら、当然第二のアジト探しも…….」
「筒抜けだろうね。今すぐマグナ・レギオに知られるわけではないだろうけど、どんな候補を見つけてもこちらが期待しているような秘密は守れないってことだ。だから……」
あえてグレモリーが言葉を引き継いだ。
「……フラウロスを毒殺した」
「ふいぎげんがぎょ、ごっぢばーっ!(生きてんだよ、こっちはっ!)」
サタナキアの後ろから抗議らしき声が上がった。念入りに包帯でぐるぐる巻きにされて、手足を縛られて口に布をくわえさせられたフラウロスが床の上でびちびちと跳ねた。
「しー。まだ生き返ったことを知られたくないんだってさ。我慢しょ?あ、そっちは続きしてて、こっちは見張ってるから」
ゼパルはサタナキアではなくフラウロスを監視していたのだった。
怪しい薬を注射されてすぐに目が覚めたが、当然の権利として怒り、困ったことに暴れ始めたので取り押さえられてしまったのだ。
本来ならサタナキアこそがこうなるはずなのに、つくづく変な集団である。
「ぼべえぼっびぼびばばばっ!(オメェどっちの味方だ!)」
「え?普通にソロモンだけど」
「ぶざべんば!」
フラウロスはまたびちびち床で跳ねた。ゼパル共々、サタナキアの話は聞いているので説明が進めばまた大人しくなるだろう。
「……あっちは無視しよう。それで?」
「えーと、フラウロスの毒殺はそうなんだけど、そこに行くのはまだ早い。もう少し説明を挟まないと」
「そうだな。私から言っておいてすまんが、これでは前提となにも繋がらん」
「じゃあイヌーンの言葉から続けさせてもらうけど、備えておくべき防衛思想というのは単純に敵を排除するという意味だけじゃない。それではやったやり返したの繰り返しで、結局は第三、第四のアジトを必要とすることになる」
「不毛な繰り返しだな」
「そのとおり。だから夢見の者は、こちらの味方につけなければならない。少なくとも侵略側と防衛側の間で、新たな中立という立場をあちらが維持するように仕向けなくては。アジト探しよりもそのほうがずっと有益だと思うよ」
「その考え自体には同意するが、具体的にはどうやって?」
「まさにそれさ。話は簡単……ではないけど、要はあちらのやっていることが通用しないと見せつけることだ。俺たち自身が夢見の者に対して屈しない、脅威であると思い知らせれば対応を変えるはずだ」
「探し出して殺すのか」
「君はバカだなぁ。それじゃメギドラルの戦争社会と同じだろ。俺たちに隙はない、夢見の者の思いどおりにはさせないって態度だけ見せられればとりあえず十分だよ。交渉ならあとからでもできるだろ。とにかく相手の思いどおりにさせないことが重要だ」
グレモリーとイヌーンは同時に頷いた。すっかりサタナキアのペースに乗せられている。
「で、ここからは前提の補足だ。アジトの人数が増えている気がする」
「本当か?」
「確言してはいるけど、証拠はない。誰なのかもわからない」
「『誰なのか」とはどういうことだ。軍団の誰かが入れ替わっているということか?」
「違う、増えてるんだ。夢見の者そのものがここに住んでるんだよ」
「バカな」
さすがに今度は声に出た。
「説明が難しいんだ、俺たちはたぶん意識を操作されている。おそらく「前からいた軍団の一人』という認識を刷り込まれてる、
だから誰がそうだかわからないんだ。全員知った顔だと思ってるからね」
フラウロスも含めて絶句した。そんなことがあり得るのだろうか。
「イヌーンが大広間を調べても知らないにおいがなかったのは当然だよ、少し前からここにいたんだから。たぶん顔だって見知ってて、会ってもわからない」
「推理として飛躍しすぎだ。能力としては……」
否定しようとしたグレモリーは、最近アジトに住み着いているとあるメギドのことを思い出した。
「……あり得そうな気もするが」
「そうだ、妄戦ちゃんの能力にかなり似ている。妄戦ちゃんは妄想の世界に引き込むけど、潜入した夢見の者はたぶん寝てる間なんかに認識を上書きしてしまうんだと思う」
「クソ妄戦がそうだってのかよ!?俺、夜中にも話したんだぜ!?」
フラウロスが口の布を根性でずらして普通に会話に参加した。身体はまだぐるぐる巻きのまま床に転がっている。
「あいつに殺されたってのかよ、あんな無害そうなツラしやがって!クソ!」
「違う違う、君を殺したのは俺」
しれっとサタナキアが訂正する。毒殺したことを心の底から悪いと思っていないのだ。そんな堂々とした態度に加えて、過激とはいえある程度筋の通った防衛思想に感化されたグレモリーやイヌーンは、もうサタナキアに対してフラウロスを毒殺したことでの怒りをほとんど感じていなかった。フラウロス自体、こうしてちゃんと生き返っている。
「つまり妄戦ちゃんこそ、仲間だと思い込まされているだけの夢見の者のスパイというわけか」
「いや、どうだろう。俺も疑いは持っていたけど、今は違う気がしてる。ちょっと『溶け込みすぎてる」んだ。スパイならむしろ目立たないようにするはずだろ?妄戦ちゃんがメギドラルでダゴンやオリエンスを助けてくれたのも一応事実だしな」
「では、誰だ」
「わからない。でも誰か増えてるのは感じてるんだ。小さな違和感なんだけど、食事の数が足りなかったり、見慣れてるはずの会話グループがいつもより多いような気がしたりね」
「………………」
「それで真夜中にアジトを何度かうろうろしてみたんだ。夢見の者なら純正メギドだから、眠らないだろうし。でも見かけたメギドはみんな知ってる顔だった。昨晩も大広間で、ムルムルに酒を勧められてさ。こいつが夢見の者かなぁとか、この酒は大広間の常連なら口にするなぁとか考えて…..」
それで酒に毒を入れることを考えたのか!
「……ということで、フラウロス毒殺の件の補足」
ついに本題に入った。ゼパルが思わずフラウロスの腕をぎゅっと掴む。
「痛ててて!オメェ、力強すぎんだよ!」
それに構わずサタナキアは説明を続ける。
「元々、ヴィータを仮死状態にする毒……というか俺にとっては薬、は研究してたんだ。本来はソロモンに使う予定だった」
ソロモンに!?
全員が驚愕した。それは大ごとだ、軍団への反逆にも等しい。
「軍団に反逆するつもりはないよ。以前、アジトが襲撃されたことがあっただろ?あれに関して前々から対策を練ってたんだ。簡単に言えば、ソロモンに死んだふりをさせるのさ。アンドラスでも気付かないレベルでね」
なるほど…..?納得したような、意味がわからないような気持ちで、グレモリーもイヌーンもゼパルもフラウロスも首を少し傾げた。
「死体なら、それ以上殺されないで見逃してもらえるってこと……かな?」
「それも含めて、使い道はいろいろ考えられるだろ。ハルマから処刑を言い渡されたこともあったし」
生憎、サタナキアとイヌーン以外はその場面を直接見ていない。
「可能かどうかだけを実現させて、使い道はあとで考える……メギドラル的な発想だな」
「そうか?まぁ、それはともかく実際に使うためにはテストの必要があったからね。いきなりソロモンに使うのはリスクが高い。
失敗したら本当に死んじゃうし」
「俺ならいいってのかよ!」
当然のように怒るフラウロス。
「大丈夫、君の前にもちゃんとテストはしてるよ。今回のは……最終実験ってところだ」
ゼパルとフラウロスはなんとなく顔を見合わせた。やっぱこいつ許せなくない……?という気持ちがなんとなくお互いには伝わった。
「で、その実験をどうしてここでやったのだ」
「あとはわかりそうなもんだけどなぁ。ムルムルに酒を勧められて、その最終実験とアジトに混ざった夢見の者探しを同時にできるって閃いたのさ。しかもちょうどソロモンは不在。夢見の者のスパイは確実に召喚を受けていないはずだから、アジト探しの同行者には加わらないはずだ。あっちは戦闘があるかもしれないんだから」
ふむ。グレモリーは頷いた。これでようやく、前提と結果が繋がってきた気がする。つまり、フラウロス毒殺事件を起こすことでアジトを封鎖し、犯人の捜査という形で本来はいないはずの夢見の者のスパイを特定しようとしたのだ。
「だが、おぬしのその……思い付きのような行動は、勝算あってのことなのか。この騒ぎで夢見の者が特定できるとでも?」
「実際に今、アジトは封鎖されてるし、犯人の捜査も始まってるだろ」
「犯人はサタナキアじゃん」
「そうだそうだ!俺を殺しやがって!」
「だからこうして、君を生き返らせて目的も説明しただろ。だけどここ以外ではまだ犯人は見つかっていないことになってる。つまり内部犯行ということで、誰もが仲間を疑っている状態なんだ。それこそ『知ってるつもりの相手が仲間を殺したヤツなのか?』ってね。そうやってお互いを厳しく見張る目がアジト中に広がることで、本物の異物である夢見の者もボロを出す……という作戦さ」
意図はわかるが、とことん邪悪なことを素で考えるメギドだった。
「それさあ、本当の仲間同士で取り返しのつかないトラブルを増やしたりしない?」
ゼパルの心配はもっともだった。最悪なのはサタナキアの予想が外れていて、夢見の者のスパイがアジトに住んでいるという事実がなかった場合である。その場合はいかにフラウロスが生き返ったからといっても、アジトの対人関係は回復不能なまでに悪化しているかもしれない。
サタナキアは黙って肩をすくめた。そうなっても本人同士の問題だからね….とでも言いたげな態度である。
グレモリーは額に汗が流れるのを感じた。真相を知った今、ここでサタナキアを殺せばいいという問題ではなくなった。夢見の者のスパイがいてくれないと困る。そうでなければアジトは軍団にとって、なにより王であるソロモンにとって居心地のいい場所ではなくなってしまうだろう。悪いようにはしないから、どうか夢見の者が見つかってほしい。グレモリーは心からそう願った。
6:キキーモラの部屋
俺様探偵と妄戦助手は疲れていた。
アジトの部屋にいる者、働く者たちを対象に、ムルムルにしたような妄戦を繰り返してきた。そうしてわかったことは、フラウロスは意外にもそう嫌われてはいないという事実であった。ムカついたりなんだこいつという気持ちはあっても、案外フラウロスはギリギリの線を越えていないのである。ヴィータ的には屑と思われて然るべき点が山ほどあるが、常識の違うメギドラルの軍団を相手に戦争を繰り返してきたメギド72の者にとっては、取るに足らないようなことだった。誰もフラウロスに殺意なんか持っていない。
拷問したり処刑しかけたりした者もいたが、それは普段の言動からしてそうなのでむしろ通常の感情しか持っていないという証明になる。
妄戦ちゃんは妄戦の力を連続で使いすぎて、くたびれ果てていた。ベリトは正直、探偵ごっこに飽きていた。どちらも未だに聞き込みを投げ出さないのは、見事犯人を見つけ出したときに贈られるであろう数々の称賛を聞きたいがためだった。
とぼとぼと歩いていた妄戦ちゃんは、とある部屋の前を素通りした。それをベリトが咎める。
「テメェ、ズルしてんじゃねぇぞ。この部屋のヤツにも聞き込みすんだよ」
「そこ……?って、誰かいましたっけ」
疲れてぼんやりしている妄戦ちゃんは、部屋の主を思い出せない。空き部屋だった気もする。
「ここはキキーモラの部屋だろ。テメェは軍団の仲間もロクに憶えてねぇのかよ」
「そうでしたそうでした……キキーモラさん、キキーモラさーん!」
妄戦ちゃんの呼びかけに応えるように、部屋の扉がゆっくりと少しだけ開かれて、リリムに似た雰囲気の女の子が顔を出した。
キキーモラだった。
「あ…..あの、聞き込み、ですか?」
なんとなくおどおどした感じだった。自分が疑われていると、警戒しているのかもしれない。
「そうなんです。あの、確認だけなんで、ちょっと妄戦させてもらえませんか?はい、それじゃ目を瞑ってくださいー。すぐ終わりますからねー」
数をこなしてきたので、だいぶ事務的なお願いになってきている。
「妄戦……は、私、ちょっと……」
キキーモラは嫌がるように、近づく妄戦ちゃんに対して同じだけ下がって距離を取った。たしかにこれまでも妄戦的な聞き込みを著戒する者はいた。普段の妄戦と違って、自分が願う内容ではないのだ。そこでどんな本音をさらけ出されるか、本人にもわからない。
「大丈夫ですよ!フラウロスさんのことをどう思ってるか、本当のところを見せてもらうだけですから。ちょっとだけ……本当にちょっとだけ」
「フラウロスさん…..」
キキーモラの声が少し小さくなった。そして悲しそうに俯いてる。
……?
この反応は新鮮だった。ヴィータのように、仲間の死を悼んでいるのだ。メギドたちの巣窟であるアジトでそんな反応があるとは。たしかにフラウロスは嫌われていなかったようだとはいえ、あからさまに悲しそうにするのはゼパルかソロモンぐらいだろうとベリトも妄戦ちゃんも思っていたのだ。二人はちょっとお互い顔を寄せ合わせて小声でひそひそ話した。
(な、なんか…..妄戦だとマズい気がしませんか?)
(なんでだよ)
(だってラ、ラ、ラブシーンとか出ちゃったらどうするんですか!)
そんなシーンになったら、本CDの収録曲『igneoamore』がさらにムードを盛り上げることだろう。
(出るわけねぇだろ、バカかよ。ヴィータの文化に染まりすぎ……さては本好きの連中からロクでもねぇ知識を仕入れやがったな)
ベリトの頭に浮かんだのはもちろんフルーレティとアムドゥスキアス、アンドロマリウスである。三人ともロマンスものにはかなり精通している。
(えへっ)
(えへっじゃねぇ!さっさと妄戦しろ!)
「あの……」
けてきた。
こそこそ話している二人に向かって、キキーモラのほうが話しか
「フラウロスさんのことは……とても残念に思います」
残念.…?
この反応は新鮮というより、感情の向きがほんの少しおかしいような気がした。フラウロスなんて殺されて当然だとまで言うつもりはベリトにもまったくなかったが、感想としては一応そっち方面に向かうほうがこのアジトでは一般的だ。その点では付き合いの長いゼパルでさえ、大元の原因はフラウロスの側にあるだろうと思い込んでいたくらいだ。
「毒殺なんて……あんないい人が……!」
いい人…..!?
こうなるともう新鮮というより異常である。まるでフラウロスというメギドの性格を実は全然知らないかのような反応なのだ。
ベリトはハッとして、扉に腕をドンとつけてから一気に顔をキキーモラに近づけた。そして例のセリフを、かつてない確信に満ちた声とドヤ顔で言った。
「俺様にはわかったぜ。キキーモラ、テメェが犯人だ」
「私じゃありません!私がフラウロスさんを殺すはずはないんです!説明できませんが、するはずがないんです……!」
「フン、犯人も無実の野郎もみんな最初はそう言うんだ。いいか、テメェはフラウロスのことをまるで知らねぇ。「だから」殺せる、殺意なんかなくてもな」
「違うんです!私は違うんです!この軍団の人を殺したりしてません、『それは」本当なんです!私はアジトの皆さんのことが好きなんですぅ!」
キキーモラは泣いていた。その必死な姿を見て妄戦ちゃんは本質的なものを悟ったような気がした。(私、このメギドのことを全然知らない……!?!)
同じことをベリトも思ったらしい。ベリトはそれを、はっきりと口にした。
「テメェ….『誰」だ!」
7:第二のアジト最後の候補
ソロモンたちによる今回の第二のアジト探し、最後の候補はヴァイガルドにあった。それだけで少しホッとする……ということには、残念ながらならなかった。目の前に広がるのは荒野である。ソロモンたちは特に第二のアジトを戦闘と防衛に徹した要塞にしようなどとは考えていなかったのだが、偶然にもそこは真夜中の大広間でガミジンとフラウロスが予想したそのままの殺風景な光景だった。荒野を見渡した一行は、少し気が重くなってきた。
たしかにかっての古代大戦でフォトンが失われた影響から、未だにこのような不毛の地となっているところがヴァイガルドにはいくつかある。冒険の最初のころ、辺境でこれと似たような場所を見たソロモンは、ハルマゲドンの危機を感じ取ったものだ。今のソロモンから見れば、実際にはメギドラルにあった棄戦圏のほうがはるかに広大で環境的には深刻だというのがわかる。しかし規模の大小は置いておいて、こんなところはヴィータもメギドも興味を示さないような土地であることに間違いはない。そういう意味では、たしかにアジトの候補として挙がってもおかしくはないところだ。
「ま、今回の候補は、ここが最後だ。ダメならまた他を探せばいい、とにかく『中』を見てみようぜ」
ブネが気が重くなっていた一行を促した。そう、実は一見このなにもないような土地そのものは候補ではないのだ。バンキン族が提案してきた候補の場所は、この土地の地下にあった。そこにはバンキン族が密かに作り上げた、巨大な地下空洞が広がっていたのである。それこそが、本当の第二のアジトの候補だった。
おお……
岩に隠れた入り口から中に入っていったソロモンたちは、ガブリエルの出した光に照らされた空間を見て驚きの声を満らした。
事前にどういうものかは聞いていたが、想像以上に広い。天井には、上からは見えなかった隙間がいくつかあり、そこから下まで日が差し込んでいる。しかも日が差す範囲には水辺もあり、木や植物も茂っている。この上がなにもない荒野だというのがじられないような光景だった。
「想像以上だな……ここに建物を作れば、かなり良い拠点になるぞ。ソロモン、俺はまさにこういう場所を想像していたんだ!」
少し興奮気味のフォカロルだった。
「あの水辺は、周囲を少し均して草を植えれば中庭より広いくつろぎの場になりそうだな」
「いいロケーションになるよ。いや、あの木陰で詩を読むのが楽しみだ」
「日が差すところには畑を作るのもアリじゃないか?」
「あの池は結構深いの?泳げるともっといいんだけど」
「水は奇麗だぞ。地下水脈があるようだな……工事すれば生活用水を別に確保できる。いや、すごいなバンキン族!」
「えへへモフ〜」
一行には大好評だった。実際、ポータルの基幹システムをここに移せばヴァイガルド中に移動は可能だし、さらに入り口を拡張して舗装すればメルクリウスの発着場も作れるかもしれない。立地的に人里はかなり離れているが、王都までの距離が今のアジトと同じくらいだ。街道がかなり離れているものの、熟練のキャラバンなら定期的に訪れることも可能だろう。まさにヴァイガルド防衛の拠点として相応しい場所だった。
しかし……
ソロモンにはいくつか気になるところがあった。特に、致命的かもしれないようなことが一つ。ふと見るとバラムもバンキン族たちの後ろでやめておけ音頭を踊っている。バラムもなにか問題に気付いたのだ。
「ソロモン?なにか、気に入らねぇか?」
「……ここは、フォトンがかなり少ないんだ」
同行者たちはハッとした。ほとんど追放メギドたちなので、それがわからなかったのだ。いかに地下が手入れされようと、ここは古代大戦の影響が残る地だ、ある意味あって当然の問題点だった。そして、その問題はソロモンの指輪を中心に活動するメギド72にとって致命的なことになりかねない。仮にここがメギドに襲撃された場合、反撃する力がかなり低くなるのだ。防衛の拠点として中心に据えるには、かなり不安な要素だった。
「バラムは?なにか問題を感じたのか?」
「高さだ。かなり広い空間だが、それはまだここになにもないからだぜ。実際に建物を作ってみろ、今のアジトよりかなり小さいものになる」
バラムの指摘に、改めて周囲を見渡す一行だったが、たしかに庭も水辺も残したまま建物を作ったら、今のアジトの半分以下の規模にしかならないだろう。
「部屋の数を絞るか、部屋自体を半分以下の大きさにするか……」
「どっちも嫌かな……」
思わず呟いたソロモンの言葉に、周囲も頷いた。
「いいところなんだけどなぁ……」
「ダメモフか~?」
瞳をうるうるさせてバンキン族がソロモンを見上げた。バンキン族はこの場所を探し当てただけではなく、ちゃんと労力をつぎ込んで拡張してきたのだ。条件的に微妙でも、はっきりダメとは言いにくかった。
「場所自体は気に入ったんだよ。第二のアジトとしては難しいかもしれないけど……あ、そうか!ここにポータルを置こう!」
突然ソロモンは閃いた。驚いてソロモンを見る一行。
「……なるほど、基幹システムだけを移すのですか。防衛拠点のアジトとポータルの基幹システムを分けて、特定の者だけに管理させることで機密性を増すのは悪くないアイディアです」
「そういうことか。やるな、ソロモン」
「え?」
「え?」
驚くソロモンと、それを見て意外そうな反応をするガブリエルとフォカロル。どうもソロモンの考えはそういうものではないらしい。
「ガブリエルの案もいいけど、俺が考えたのはキーだけ置くんだ。ここに建物を作って、アジトが襲われた場合は一部をここに避難させてキーを壊して閉じこもるって考えだ」
「ああ、緊急避難所ってことか。なるほど、それもアリだな。そういうものを作っておけば、逆にアジト自体は戦闘上等でもやっていけるかもしれん」
「つまり?」
「つまり…..アジトを『そこまで秘密にする」必要性が薄れるってことだ」
「普段はここをアジトの拡張場所として、モノを置いたり、戦闘に向かん者はこっちに住まわせてもいいしな」
「メルクリウスの整備発着場としてもいいかもしれん」
活発化する意見を聞いて、潤んでいた瞳が見開かれてキラキラと輝いていくバンキン族だった。
「もしかして、お役に立てたモフ?」
「ああ!ここはすごい利用価値があるよ!大収穫だった、ありがとう!」
「よかったモフ~!」
実際問題として、いずれは第二のアジトを作らなければならないだろう。しかし、そうすぐに理想の候補地が見つかるものでもない。いつ終わるのかわからない第二のアジト探しだが、それまでの間、別の形でアジトの防衛力を上げる手がかりをソロモンたちは得た。
一応の成果はあったのだ。ソロモンたちは満足して、アジトへと戻ることにした。
「そういえば、今回王都からの紹介はなかったな。時間がなくてなにも見つからなかったか?」
「いえ、探そうとしたのですがシバから少し待てと止められているのです」
「シバから?なんで!?」
「ソロモン王は……以前提供した王都の屋敷をほとんど使用していません。王都からなにか提供しても活用しないのでは勿体ない、まずメギド側の候補が出尽くしてどれも気に入らないということになるまでは待てということです」
それはもっともな考えだ。同行者たちは一斉にソロモンを見た。
少し非難するような目つきだった。あのアリトンが守る屋敷だって、相当いい物件をもらっている。それをほとんど使っていないのだから、たしかに王都が次のアジトの場所を提供することに難色を示すのもわかる。
「だ、だって……」
ソロモンは視線の圧に耐えかねて、一歩下がりつつ言い訳した。
「……俺は、アジトの部屋が一番好きなんだ」
8:事件解決
キキーモラは、混沌世界が元に戻った直後の混乱の中でアジトに入り込んでいた。
妄戦ちゃんと同じような流れで、妄戦ちゃんよりも先に、そして妄戦ちゃんと違って実際の関わりではなく夢見の力でそう思わせて溶け込んできたのだ。溶け込んだといっても、実際にはソロモンに召喚されていないので戦闘に駆り出されるわけにはいかない。
ソロモンもキキーモラを仲間だと思い込んでいたが、できる限り交流しないように避けて、基本的には部屋に引きこもるような生活を続けていた。
「全然気付かなかったぜ……おまえさんとは図書室でヴィータの歴史なんかをいろいろ話した憶えがあるんだが、あれも幻覚か?」
「いえ、体験的な記憶は本物です……。私にできるのは、偽の記憶を植え付けることだけなんです。それも、体験的な記憶がやっぱり強いので、過去が矛盾するようだとすぐ見破られてしまいます……..」
ベリトに詰められて観念したキキーモラは、集まった一部の者たち、死体を守っていた(その死体が生き返っていたので少し騒ぎになったが)グレモリーたちに加えてフォラス、イポス、アンドラスに事情を話していた。
アジトに入り込んだ理由については、大体サタナキアの推理のとおりだった。スパイとしてアジトの動向を探り、それを情報としてどこかメギドラルの軍団に売るため。ただしこれはキキーモラ自身が考えて行動に移したもので、組織としての夢見の者は関わっていない。さらにキキーモラはアジトの情報を売る際、事実を微妙に歪めて間違った情報を流すことでメギドラル側の侵略計画を間接的に妨害するつもりだった。わかりやすく言えば、キキーモラは勝手にメギド72の味方をしにここへ来ていただけなのである。
キキーモラだけではなく、実は夢見の者たちはサタナキアが考えていたほど合理的な行動はしない。そもそも戦争的な意味での意欲がほぼない集団なのだ。夢見の者たちは意外にも、夢見の者という組織がいずれ消えていく、なくなっていくものだと考えているようだった。蛆がいなくなって情勢が変わったのは事実だが、それは決して悲観的なものではなく、夢見の者たちはむしろ状況を歓迎していたのだ。これまでどんな個よりも集団として、メギドという種の存続のために活動してきたのが夢見の者たちだ。
しかし、今やそういった宿命的な考えからは解放されている。夢見の者という組織が消え去っていくのは、ある意味では喜びなのだ。
だからキキーモラ自身が口にしたように、夢見の者たちはそのような結果を生み出したメギド72のことが大好きなのである。
夢見の者たちはいずれ消えていく。
そのことを喜びをもって受け入れている。
際立った能力を戦闘のスキルとして考えるメギドたちにとって、これはかなり異質な考え方である。
「もちろん、今現在はまだ夢見の者という組織は機能しています。私たちも生きている以上、突然消えていくわけではないので……。組織はかなり厳しい掟に縛られていますし、これまでと同じようにメギドラル側の軍団の要請に応えてヴァイガルドの情報を売るという活動もしばらく続くと思います」
しかしそのことでせっかく回復した緩衝地帯のバランスが壊れるのは避けなければならない、というのがキキーモラの考えだった。
なんのことはない、サタナキアが考えていたような侵略側と防衛側の中間に立ってもらうということを、とっくに夢見の者側でも考えて実践していたのだ。
「それなら、最初からそう言ってくれればいいのに。フラウロスも殺されなかったし、部屋だってもっといい場所をあげられたと思うよ」
「言いません…..『中立」ですから。歓迎されても困りますし………」
なるほど。それは立場上もっともなことなのかもしれない。ゼパルは納得した。
「だがそうやってメギドラルとヴァイガルドの間に立つって新しい立場で安定できたら、なにも消えていかなくてもいいんじゃねぇか?再び夢見の者が力を持った組織、勢力としてこの先もやっていけるんじゃねぇの?」
「それは難しいと思います。理由は……」
夢見の者の力だった。それ自体が今後ゆっくりと消えていくらしい。既に一部の夢見の者の中にも、能力の弱体化が見られているようだ。これは蛆がいなくなったことの大きな影響の一つである。
「じゃあ、おまえさんの力はこれでも弱体化してるってことか」
「私はそうでもありません……かなり個人差があるようです。私や妄戦ちゃんは、相手の記憶や空想を利用していますから、その分影響が薄いようです」
「リリムやリリスは?」
「あれはちょっと別格なので……たぶん死ぬまで能力はそのままだと思います」
問題は次世代だった。今後、メギドは幻獣を介さずに発生してくる。そうしたメギドたちの中に、夢見の力を持つ者はいない。
類似の力を持っていたとしても、今の夢見の者たちから見ればかなり弱体化したものになるだろう。
「では夢見の者たちはあとどれくらい…..組織として存続できるんだ」
「たぶん……二……」
二年!?そんなに短いのか!?思わず身を乗り出す一同。
「……二、三百年程度かと……」
ヴィータに転生したメギドたちは心の中でずっこけた。
そういえば夢見の者たちは純正メギドなのだから、組織の現役たちはそれくらい生きていてもおかしくない。
それだけ存続していればこちらの、メギド72の活動的には十分だろう。なにしろソロモンがヴィータなのだから、いずれは世代交代を考えなければならない。軍団の問題としてはまだずっと先の話だった。
「……では、戦後処理の話をしょう」
グレモリーが口を開いた。アジトのリーダー的立場はイポスだったが、そういった話はグレモリーのほうが長けている。
「隠さず言うが、貴様を悪いようにするつもりはない。指導的立場の者には正体を開示するが、その上でこのままアジトに住んでいてもらって構わん」
「いいんですか!?」
「よかったですね!」
「それ、キキーモラの話を全面的に信じるってことだよね」
なぜか少し不満げなサタナキアだった。
「アジトの封鎖を解けばリリスから裏が取れる。それを想定せずにこんな壮大な嘘を言うとは思えんな」
「そうだぜ。俺様がこいつを見つけ出して観念させたんだ。言い逃れするような状況じゃねぇ」
「夢見の者たちやメギドラルは『ごっこ」をしてるわけじゃない。……まぁ、俺は俺で他の手を考えるさ」
「また、誰かを殺めるか」
イヌーンが真剣な顔でサタナキアの顔を見た。
「……いや、次はもう少し便にやるよ。ただし、夢見の者を信じるな。連中だってメギドだぞ。それだけは警告しておく」
「わかった、助言に感謝する。それはそれとして貴様のしたことはあとで問題にする」
「当事者同士の話は済んでるけど?」
サタナキアは既にフラウロスと話をつけていた。単純に金を積んで納得させたのだ。こんな大金をどこから……と怪しむイポスに、食用に改良したブラブナの肉をニスロクが高値で買い取ってくれたことをサタナキアは説明した。その金をすべて慰謝料としてフラウロスに差し出したのだ。フラウロスはすぐに親しげにサタナキアの肩に手を回してぎゃはははと笑い出す始末で、最後まで毒殺事件に怒っていたのはゼパルだけだった。
「軍団の規律としての問題だ。潜在的な戦力を相談もなしに活動不能にさせたんだ。処罰がないはずはないと思え」
厳しく言い放つイポスに対して、サタナキアは黙って肩をすくめた。まぁ、総合的に判断すれば俺のしたことは正しいとわかると思うよ、とでも言いたげな態度だった。
「実際、サタナキアの推理は当たっていた。キキーモラは実際にいたのだからな。その点については最大限考慮するようソロモンにも進言してやろう」
「それはどうも」
「とにかくキキーモラが協力的な態度を示している限り、侵略側と防衛側の間に立った中立の存在として尊重すべきだ。今後についての細かい取り決めはソロモンたちを交えて話す。あとはイポス」
「了解だ、アジトの封鎖を解くぜ。ただ、一点だけいいか?」
「なんだ」
「フラウロスが生き返ったことを、どうアジトのみんなに説明する?」
グレモリーは、再び額に汗が流れるのを感じた。
9:ソロモン王の帰還
ソロモンたちがアジトに帰ってきた。タイミングが良かったので、直前までポータルが止められてアジトが孤立していたことはまだ知らなかった。
「おかえりなさい!ソロモンさん」
妄戦ちゃんが走ってきて、ソロモンたちを出迎えた。
「妄戦ちゃん、ただいま。アジトはどうだった?なにか変わったことは?」
いっぱいあったんですよ……と思ったが、説明し始めると長くなるし、あとでイポスからも説明があるだろう。ここでは一旦軽く流すことにした。
「私、探偵をやってたんです。ちゃんと事件は解決しましたよ!」
「あっはっは!」
ソロモンは冗談だと思ったようだ。あとでちゃんとした説明を聞いたとき、どういう反応をするか見てみたい妄戦ちゃんだった。
「それより、アジト探しはどうでした?いいところは見つかりましたか!?」
ソロモンは振り向いて、同行者たちと顔を見合わせた。みんな苦笑いしている。
「一つ、これだけは言える」
「はい」
「俺はやっぱり、このアジトが一番だと思うよ」「そうだと思いました!」
アジトには、再び日常が戻ってきた。
END.
来自:Bangumi

