《PriministAr》简评:
「はるちか、ゆびわがほしい」
「えっ、指輪?」
夕飯の買い物をした帰り道。
駅前を過ぎ、夕陽に染まる公園の桜並木を歩いているところで、ぼつりとねだるように呟いた声が耳に届いた。
「その才で指輪なんてまだ早いと思うけど······。千里はどう思う?」
きらきらと輝く視線の先にあるのは、私が学生時代春近にもらったエンゲージリング。
「んー、そうね。指輪は結莉がもうちょっと大きくなったらね?」
天馬結莉。
4年前、私と春近の間に生まれたとっても可愛い一人娘。
「うう~~~。いっつもそればっかり~」
手をバタパタと振って口を尖らせるが、その姿がまた愛らしく、春近と2人して笑みをこぼしてしまう。
「むう~~~。わらわないで~!」
笑われたのが気に障ったらしく、プイッとそっぼを向いてしまう。
「くすっ、女の子なんだから、そんな風に変な顔しないの」
「つーん!」
「結莉?」
「きこえないもーん!」
結莉をあやすように、その長くて柔らかい髪をそっと撫でる。
こうしていれば、そのうち寂しくなって自分から声をかけてくるのが結莉だから。
「でも春近にこの指輪をもらってから、もう10年以上になるのね······」
「え?ああ、そっか。でも、あっという間なんだか、それともまだ10年なんだか」
独り言のつもりで呟いた私の言葉を春近が拾う。
······どうせだからちょっとだけイタズラしてみようかしら?
「···············」
「ん?あれ、千里までどうしたの?」
「ふーん?」
「えっと······な、なに?」
ふふっ、焦ってる焦ってる。
「春近はずっと私と一緒にいて楽しくなかった?」
「?それはもちろん楽しかったよ?というか楽しくないわけないって。そういう千里は?」
「私?私は·····う~ん·····?」
「いやいやいや、そこは考えちゃダメなところだよね!?」
「·····くすっ、冗談よ。私だって、毎日がとっても楽しかったし、今だって楽しいことばっかりよ♪」
うん、満足♪
「驚かすなって。でも楽しい時間は早く感じるっていうし、やっぱり楽しかったんだと思うよ」
「ふふっ、そうね。そういうことにしておいてあげるわ」
もちろん楽しい事ばかりだったわけじゃないけれど。
それでも『2人の夢に向かってお互いに力を合わせる』という感覚がずっとずっと心地よかった。
「ねえ、春近?昔の事、ちゃんと覚えてる?」
「ああ~~~······」
だらしのない顔······。
「春近?春近!」
「えっ?ああ、ごめんごめん!覚えてるよ!というか俺も思い出してたところでーー」
「じぃ~~~······」
「!?え、ええっと······千里さん?」
春近も思い出してくれてたのは嬉しいけど、あの顔はきっと······。
「·····そう、エッチなことを思い出してたの?」
「ーーブッ!?違うって!もっとまともなことだから!それに······あはははっ、アレだろ?いつもみたいに冗だーー」
「なんでも冗談ですむと思ったら大間違いよ?」
「まことに申し訳ありませんでした!!」
「くすっ、春近の考えてることはなんでもお見顔通しなんだから♪」
うん、春近はやっぱりこうじゃなくちゃ。
「うっ······そ、それはそれで嬉しいんだか······」
「ねー、むかしのおはなし、ゆーりもききたい」
機嫌を損ねてだんまりを決め込んでいた結莉がスカートの裾を引く。
「あら、どうしたの結莉。もうお母さんとお話 してくれるの?」
「······ん、してあげる。だからおはなしー」
「ふふっ、そう。ありがとう」
結莉に向かって手を差し出すと、小さな手が 私の指を握る。
「そうね、それじゃあ······」
どんな内容であれ、同じ話の繰り返しであれ、 私が昔の話をすると結莉はいつも大喜びしてく れる。
だから『どんな話をしよう』だとかはあまり深 く考えたことがないけど······。
今日は春近にも結莉にもまだ話していない話に しようかしら。
「そうね、あれは私が七舟学園に入学した最初 の12月。春近に無理やり手芸部に入部させ られた年の話ね」
「あのさ、枝那森。今度街の手芸教室のクリス マス会を手芸部のみんなで手伝おうってことに なったんだけど······もう聞いてる?」
私が1人で黙々と編み物の練習をしていると、 いつも通りの調子で話しかけてきた天馬くん。
また何か頼み事を引き受けてきたのかしら?
「えっと、手芸教室のクリスマス会?」
「そうそう。前々から頼まれてたんだけど1人 じゃどうしても厳しくて。でも今年は丁度いい かなーって」
······やっぱり、天馬くんのことだからどうせそ んなことだろうと思った。
お節介というかなんというか、本当に······よく やるわね。
「先輩たちは受験勉強の息抜きにもなるし、手 芸教室の子供たちのためなら喜んで協力してく れるって」
「······はあ、そう。そうね、先輩たちもみんな そういう人だから」
初めは天馬くんと部長だけかと思ったけど、実 は手芸部全員がお節介のかたまりだった。
「······くすっ」
なんて、それを知ったのはもう何ヶ月前のこと だったかしら?
手芸部に顔を出し始めた頃は、そんなみんな のお節介が鬱陶しいだけだったのに。
今では不思議と心地よくなっていたりする。
お節介なのは相変わらずだけど、必要以上には踏み込んでこないし。
「でも天馬くん。今みんなでって言ってたけど、それって私も数に入ってるの?」
「えっ?なに言ってるんだよ、そんなの当たり前だろ。枝那森も手芸部の仲間なんだからさ」
「あ·····つ·······」
私も······仲問······。
「ああ、でも強制じゃないから。都合が悪かったり、興味なかったらこっちのことは気にしないでいいよ?」
「へえ······そ、そう。ちなみに日程は?」
······お、落ち着くのよ私。
ここですんなり話に飛びついたら、休日にヒマを持てあましてる寂しい女だってバレるのも時間の問題。
開催日は来週の日曜だけど。あれ、もしかして興味ある?」
「来週?そうね、その日は·····なにか予定があったかしら······?」
·······まだよ、まだ早いわ。
ううん、むしろ天馬くんのほうから強引にでも誘ってくれたほうがよっぽど·······。
私を手芸部に誘ってくれた時みたいに無理やりにでも引っ張ってくれればいいのよ。
「うーん、そっか。枝那森にも予定はあるだろうし、無理に誘っても悪いからなぁー」
············えっ?
腕を組んで、残念そうな笑顔を浮かべる天馬くん。
この流れって、もしかしなくても······?
「よし、わかった!すぐに決めてくれとは言わないし、とりあえず決めたら返事を聞かせてよ」
ぜ、全然わかってない·····。
それにどうして今はそんなに消極的なの?
「あの、天馬くん?」
「ん?どうかした?」
「べ、別に天馬くんがそこまで言うのなら、その一一」
「ごめーん!天馬くん、お待たせー。早速だけど打ち合わせに行こっか?」
突然やってきた先輩の声に、私の声はかき消されてしまう。
「打ち合わせ?」
「手芸教室の先生と約束してるんだよ。だから今日は打ち合わせが終わったらそのまま帰ると思う」
「えっ、あ、あの······」
「そんなわけだから、押し付けるようで悪いんだけど、参加不参加だけでも決めといてくれないかな?」
「··················っ」
「それじゃ枝那森、また明日教室でね」
カバンを掴むと、天馬くんが足早に私の前から去っていく。
「あ、あの······」
弱々しく情けない私の声は、彼の耳に届く前に消え入ってしまう。
答えなんて初めからはい』に決まっているのに。
「待って······」
天馬くんは私に変わるきっかけをくれた。
もしかしたらこれから先も、天馬くんと一緒にいたら私は強くなれるかもしれない。
「天馬くん······」
だから私は天馬くんのすぐそばにいたい。
他人から見ればこんな私はやっぱりおかしいのかもしれない······。
ううん、おかしいのは私自身が一番よくわかっている。
でもーー。
「春近っ!!」
「!?」
ピタリと足を止めて、驚いた表情の天馬くんがバッとこちらを振り返る。
「·············え?」
「あっ、私······」
男の人を名前で呼ぶなんて、自分でもどうしてこんな大胆なことをしたのかわからない。
「なに、今の·····?って、どう考えても枝那森、だよね······?」
でも······うん。
他の人になんと言われようと、どう思われようと、私は天馬くんのそばにいたいから。
「くすっ。さあ、どうかしら?でも今の部室には私たち2人しかいないわ」
私の声がちゃんと天馬くんに、春近に届いた。
「そ、そうだよな。けどいきなり名前で呼ばれてビックリしちゃったよ」
「······そう。名前で呼ばれるのは嫌だった?」
「えっ、俺は別に。枝那森との距離が縮まった気もするし、いいと思うよ?ただ、さすがに枝那森を名前で呼ぶのはちょっと難しいけど」そう言って、頭をかきながら視線を逸らす春近。
私としても自分が名前で呼ばれるのはちょっびり恥ずかしいし。
······それに、すべてを望むのはおこがましいことだってわかっているから。
だからこの形が今の私にとっての最高の幸せ。
「ん。なら今からそうさせてもらうわね、春近♪」
「うん、オッケー······って、そうじゃなくて!」
「?どうしたの?」
「いや、むしろそれはこっちのセリフだったというか······」
どうしたのかしら、もしかしてビックリしすぎておかしくなっちやった············とか?
「枝那森はなにか用があったから、俺を呼び止めたんじゃなかったの?」
「············あっ!」
本来の目的をすっかり忘れてたわ。
「むしろ驚きたいのは俺のほうだけどね!?」
「でも落ち着いて春近。たまにはこういう日もあると思うの」
私としたことが、すっかり舞い上がってしまっていた。
「こういう日って······まあいいや。それで、なんの話?」
「え、え、それなんだけど······。クリスマス会のことで······」
「一一えっ、もしかしてもう決めてくれたとか?」
「······ん」
「うそっ、マジで!?」
私が参加するって言ったら春近は喜んでくれるかしら?
期待してはいけないと頭でわかっていても、無意識に期待してしまっている私がいる。
「えっと、当日は私も······参加、させてもらうわ······」
「 ひやっほ~う!!」
············ え?
「あの、春近?だから、その、当日私はなにをしたらいいのか教えて欲しいんだけど······」
「ーーハッ!?ご、ごめん、まさかあの枝那森が本当に参加してくれるとは思ってなかったから······!」
「······あの枝那森?なんだか失礼な事を言われた気がするけど?」
「あふっ!?き、気のせいだって!!そういうのはほら、気にしたら負けっていう……ねっ!?」
なんて、今までこういうイベントを避けていたのは私のほうなんだから、驚くのも無理ないわね。
「くすっ、ちょっとした冗談だから春近こそ気にしないで」
「そ、そう?そう言ってくれると助かるけど」
「それで、当日はなにをしたらいいのかしら?」
「ああ、そのことだったね。いちおうの予定だけど、当日枝那森には······」
ちゃんと春近の役に立てるかわからないけど、せっかくやるって決めたんだから······。
「トナカイの着ぐるみを着て踊ってもらおうと思ってるから、よろしく頼むよ!」
「着ないわ」
トナ······カイ······っ!?
「あ、あれ、聞き違 い······だよね?ほら、やっぱりクリスマスにはトナカイがいないとさ!」
「踊らないわ」
「そんなに心配しなくても、最高に可愛いトナカイの着ぐるみを一一」
「トナカイは絶滅したわ」
「あの、え、えっと……鼻は赤じゃないほうがよかった?」
他にも人はいるはずなのに、どうして私限定でトナカイなんて······。
「そんなもの私は絶対に、絶対に、絶・対・ に着ないとだけ言っておくわ」
「俺の気のせいじゃなければ、絶対にって3回も言ってるよ!?」
「······軽い気持ちで、私の純情を弄ばれた気分だったわ」
「純じょ一一!?そ、それは悪かったって!というかそんな決意をしてたなんて知らなかったしさ!」
「ね一、じゅんじょ一ってなあに?」
「結莉はまだ知らなくていい!」
「でも、そこは察して欲しかったわ」
私だって春近に悪気がなかったことはわかってるし、本気で怒っているわけじゃない。
······よっびりがっかりしたのは本当だけど。
「いやいやいや、千里ってたまに無茶言うよね!?しかもこんな話は初耳だし!!」
「ええ、訊かれたことがなかったから」
「おはなしは?もっとおはなしして一!」
「ふふっ、いいわよ。そうね、それじゃあ今度は今から5年前······」
「お兄さんも千里さんも、たまにでいいのでわたしたちのことも思い出して下さいね?」
私を含め、春近、小糸、萱野の4人が集合したアバートの前。
爽やかな春の日差しのもと、下唇をキュッと結んで、今にも泣き出しそうな表情の小糸。
「あははっ、大丈夫だよ小糸ちゃん。そんな顔しなくても、もう会えなくなるわけじゃないんだしさ、ね?」
「くすっ、そうよ小糸。せっかくの可愛い顔が台無しよ?」
「あう······!?そ、そうですよね。これでさよならじゃないんですよね······」
可愛いと言われ、ほっべに手を当てて一説で真っ赤になる小糸。
小糸もすっかり大人っぼくなったけど、こういう反応はまだまだ子供っほくてやっぱり可愛い。
「うん、だから俺たちとしては笑顔で見送ってくれると嬉しいかな」
「笑顔で······うん。あははっ、すみません。おふたりにとってはおめでたい事ですもんね!」
私と春近が七舟学園を卒業してから訪れた7度目の春。
今日は私と春近が、長い間お世話になった『なかきよ』を離れる日。
「2人とも、またいつでも遊びに来てね?その時はきっと小糸も喜んでご馳走を用意しちゃうと思うから」
「も、もお一、お母さん!変なこと言わないでよ!?」
「うふふっ、そう?それじゃあ2人が遊びに来た時は、出前でも取ろうかしら?」
「うう~~······フンッだ、お母さんのイジワル。いいもん、その時はお母さんの分だけ作ってあげないんだからね?」
「ふう~ん?なんて言ってても、ちゃーんと用意してくれるから、小糸は優しいのよね?」
「!?~~~~っ!!」
「あははっ、まあまあ小糸ちゃん。萱野さんも。でもそうですね、来年には必ず挨拶に来ますよ」
春近の手が、そっと私のお腹に添えられる。
「うふふっ、そう。今から楽しみね。だけど、それならなおのことうちにいてくれても······なんて、今さらよね」
「すみません。千里と話し合って、子供ができたことを一つの節目にしようって」
「ん、これからはお父さんとお母さんとして、一緒に成長していこうって決めたわ」
誰にも頼りたくないとかではなくて、ただ純粋に私たちの力で頑張ってみたいと思ったから。
「······ええ、そうね。いろいろな事を乗り越えてきた2人なら、きっとこれからも大丈夫だと思うわ」
「あははっ、それを言ったら俺なんかよりも千里のほうがよっぼど頑張ってましたけどね?」
「えっ、私?」
まさか自分の話になるとは思わなくてちょっと油断してしまっていた。
「そりゃそうだって。まさか千里が童話を書きたいなんて言い出すとは思わなかったし」
「そうなの?でも春近がいなかったら、私はそんな風に夢を持ったりしなかったわ」
そもそも春近以外のたくさんの人たちに笑顔をあげたいだなんて、考えもしなかったはずだから。
「でもその夢を現実にしたのは千里が頑張ったからだよ」
「そう、かしら······?何回も落選したのに?」
「うん、そうだよ。結果的には俺の夢が叶うよりも先に、入選して本にもなっちゃったしね」
「あっ、わたしもクラスの子に薦めたんですけど、とっても評判がいいんですよ!」
「そ、そう。ありがとう······」
「ふふっ、それに由芽ちゃんなんて一昨日も10冊買って、まだ読んでない人に広めるんだって意気込んでましたから」
「由芽ったら、余計なことを······」
話には聞いていたけど、あらためて聞くと少し恥ずかしい······けど、悪い気持ちはしない。
ううん、むしろ私の気持ちがみんなに届いてくれて、ものすごく嬉しい。
「あれ、千里?顔が赤いけど、もしかして······照れてる?」
「······なんのことかしら?」
ちよっと動揺して棒読みになっちやったけど、顔には出していない······はず。
「ふーん、ヘー?千里の書いた『虹色の季節へ』を何度も読んでたから、俺も夢を諦めないで頑張れたんだけどな一?」
~~~~っ!?
そっちがそういう態度を取るなら、私だって。「そう、なら春近、明日の夕飯は春近の分だけ抜きよ」
「なんで!?」
「じい~~~······、バ力なの?」
「うっ······すみません、すべてはわたくしの責任でごさいますです······」
まったく、謝るくらいなら初めからひとをからかったりしなければいいのに。
「ふふっ♪」
でも、そういう調子に乗りやすいところも春近らしいけど。
「······だけど、もし私がいなかったとしても、春近はきっと自分の夢を叶えてたと思う」
だって春近はそういう人だから。
基準がまだよくわからないけど、春近は自分にできないことをロにしたりはしない。
裏を返せば、春近はやると言ったら必ず実現させてきたから。
「もし、なんて話をしても仕方ないけど。前に千里が「俺に追いついて、隣を歩けたら』って言ったことを覚えてる?」
「!?」
まさか春近のほうからあの時の話をしてくるなんて、ちょっと驚いたわ。
「ああ、ごめん。悪気はないんだけどさ······」
「ううん、気にしなくていいわ。もちろん覚えてるけど、それが?」
「えっとさ、せっかく千里が隣をって言ってくれたのに、いつの間にか俺のほうが追い抜かれてて、申し訳なかったなって」
あっ、春近……。
そんなことを気にしてたの?
「でも、だから『俺も負けてられない、俺が千里に追いつくんだ!』って励みになった。それは本当に感謝してるよ」
「······うん」
「はははっ、だけどあんな形で夢が叶うだなんて想像もしてなかったけどね?」
「くすっ、ええ。春近じゃなくても、あんなことになるなんて思いもしなかったはずよ」
実際私だってとっても驚いたんだから。
「ですね。お兄さんの作った着ぐるみをテレビで見ない日はありませんから」
「いやいや、さすがにそれは言い過ぎだって」
「おかげさまで家計は潤ってるわ」
「や、やっぱりそうなんですか!?」
「そういう生々しい話はやめよう!?着ぐるみの中の人を見るくらい夢がないよ!?」
······世界ーの着ぐるみを作る、それが春近の夢だった。
その夢が叶ったのは、私の本が発売された半年くらい後のこと。
なんとかって海外のすごい人が来た時に、たまたまSPの1人が春近の作った着ぐるみに扮していて。
そのすごい人が狙撃されたのを、着ぐるみが身を挺して護ったとかでその当時は大きなニュースになったりしていた。
しかも着ぐるみは何発も銃弾を受けたのに、中のSPはまったくの無傷だったことが話題になって。
着る人の安全性を兼ね備えた高い品質が各方面から評価されて、春近の作った着ぐるみは一晩で世界的に有名になった。
「······だから新しいお部屋は、年期の入ったうちとは違って新築の分譲マンションなのよね一?」
「もしかしてめちゃくちゃや根に持ってます!?」
口を尖らせて、ジトッとした目の萱野が春近に視線を向ける。
「もお、お母さん!いくら寂しいからって、こんな時にそんな冗談言わないの!」
「一一えっ、寂しい?萱野さんが?」
春近が驚くのも無理はないし、私だってちょっと驚いた。
「あら?その反応は······そんなに意外かしら?」
萱野にしてはめずらしく、イタズラがばれた子供のように困ったような徴笑みを浮かべる。
ううん、めずらしいどころかこんな笑顔とも呼べないような笑顔の萱野は初めてかもしれない。
「萱野さん······」
「2人とも小糸のお兄さんとお姉さんみたいだったから、なんだか私にとっても家族みたいに思えちゃって」
「萱野······」
「なんて、ダメよね。小糸だってちゃんと笑顔でお見送りをするって約束してたんだから」
······私自身、名残惜しさはまだ残ってるけど、ずるずるいくよりはスパッと決めてしまったほうがいいのかもしれない。
「ねえ、春近?そろそろ······」
「うん、大丈夫。千里の言いたいことはなんとなくわかるよ」
「ん。それじゃ、あとは春近に任せるわ」
萱野と小糸と向かい合うように、春近の隣にそっと寄りそう。
そんな私たちの空気を感じ取ってか、萱野と小糸も姿勢をただしてこちらに向き直る。
「あの、萱野さん!小糸ちゃん!」
「うん」
「はい!」
「ここで過ごした思い出は、この先も絶対に忘れないと思います!」
「それは私たちもよね、小糸?」
「うん!えへへっ、絶対に忘れませんから!千里さんも、忘れないで下さいね?」
「ん、私も忘れないわ♪」
「とはいえまたすぐに遊びにくるつもりですけど······ンンっ。今日まで本当にお世話になりました!」
「萱野、小糸、お世話になりました」
そこまで一気に語り終えた千里が、ふうっと息を吐いて口を閉じる。
心なしか公園内の空気もシンと静まっているような気さえする。
「······今となってはいい思い出ね」
「なんだろう、また変なエピソードがくると思って身構えちゃったけどね?」
情けない!
「ねえそれで、それからどうなったの?」
「えっ、それから?」
小さな手が袖を引っ張って、今度は俺に話の続きを催促してくる。
「それからは結莉が生まれて、めでたしめでたしよ」
さすがは千里、上手くまとめたな。
「ゆーりがうまれたからめでたしなの?」
「ああ、そうだよ。結莉が生まれたからみんな幸せでめでたしめでたし
「なんで?」
「な、なんで?なんでって、それは······?」
きたか、結莉のなんでなんで攻撃。
話の流れからしたらめでたしめでたしなんだけど······、子供にはまだ難しすぎるのか?
「はるちか、ねえはるちか、なんで?」
「千里っ!!」
「なに?説明できないの?」
「いや、そうしゃなくて!結莉に春近って呼ばせるのはやめよう!?というかやめて!」
「?そんなことしてないわ。結莉が勝手にマネしてるだけよ、ね?」
「ねっ!」
「············」
俺になついてないわけしじゃないんだけど、結莉は千里にばかりなついているような気がする。
うん、いくら相手が千里とはいえやっばり娘のこととなると悔しいよね。
「ねえはるちか、なんで?」
「······結莉、ちょっと待って。お父さん。言ってみよう?」
「はるちか?」
························。
「じゃあ、お母さんは?」
「おかあさん!」
「よし、ならその流れでお父さんは?」
「はるちか!」
「言い方が同じだけで、そうじゃないよね!?」
······うーん、ちょっとずつ直していくしかないのかなあ。
「はるちか、ゆーりもゆびわほしい!」
「えっ、またそれ?さっきも言ったけど、結莉にはまだ早いかな。もうちょっと大きくなったらね」
「むう~、ケチー」
「ケチじゃない」
「おかあさ一ん、はるちかがイジワルする!」
口を尖らせて、結莉が千里の足にしがみつく。
「大丈夫、そういうときは色仕掛けでイチコロよ」
「いるじかけ?」
「小さいうちからそんな言葉を教えてどうする!」
まったく、というか千里の子育では根本的に大丈夫なのか?
常識からは外れていないにしろ、今さらだけとものすごく不安になってきたぞ!?
「あ一あ、せっかく今夜はオムライスにしようと思ったけど、やめちゃおっかな一?」
「!?はるちか!オムライス!オムライスがいい!」
はっはっはっ、食べ物に釣られるなんてしょせんはまだまだ子供。
「ほ一ら、それじゃあ結莉。お父さん、言ってごらん?」
「············]
「ケチャップでクマさん描こっか?」
「はるちか、ネコがいい」
「そんなにお父さんって呼びたくないの!?
「くすっ、結莉はそういう年頃なのよね?」
「うんつ」
「えっ、反抗期!?もう反抗期迎えたの!?」
ちょっびりスネ始めていた結莉をあやすように、千里がひょいと抱き上げる。
うん、これだから千里のほうによくなつくんだよね。
「ああもう、わかったよ!もう春近でいいし、オムライスもちゃんと作るから!」
「······ネコ」
ちゃっかりしてるな一。
こういうところは俺に似たのか千里に似たのか。
「わかったよ。それに旗もつけるから」
「ほんとっ!?えへへっ、はるちかだいすき一!」
ふう、なんとか機嫌を直してくれたみたいだな。
「くすっ、でも私のほうが春近のことは大好きよ?」
「ごめん、結莉を刺激するようなことは言わないで!?俺も千里を愛してるし、嬉しいけどさ!!」
「!?ふふっ、うん。そうね、今日は気分がいいから今夜は期待しててもいいんじゃないかしら♪」
「······ん? えっ!? なに、なんのラッキーチャンス!?」
というか夜ってことはつまり······エッチなこと······だよな?
今の千里も結莉を生んだ後とは思えないほど魅力的で······もう1人か。
「はやく一つ、はるちか!はやくかえろっ!」
「おっ!?」
思考が飛びかけたところ、結莉の声ではっと我に返る。
「に、ごめんごめん! そうだね、早く帰ろっか!」
「うんっ!!」
「くすっ、それじゃ春近、帰りましょう」
結莉の元気な声に急かされた千里が、俺に微笑んでからゆっくりと歩き出す。
············。
俺と千里が出会って、結ばれて。
それから長い時間を過ごす中で、楽しい事もツラい事もたくさんあった。
だけど、どんなにくじけそうな時だって俺たちは諸めず、2人で乗り越えて光を探し続けてきた。
だからこそ、こうして今は2人が3人に増えて、2人の時よりもさらに幸せな時間を過ごせているんだと思う。
······いや、今だけじゃない。
これから先も、俺たちの進む道の先には虹色の、無限の可能性に満ちた未来が待っているに決まっている。
根拠?
「はるちか一っ!は一やくーっ!おいてっちゃうよ一っ!」
······なにを今さら。
そもそも手芸部の天馬春近は、自分にできることを全力でやってきたんだ。
だからこれからだって······。
「は一る一ちーか一!」
同じことだろ?
「くすっ。春近、早くしないと結莉がまたスネちうわよ?」
「えっ!?そ、それはマズい!10秒待って!今すぐ行くから!」
荷物を抱え直して、千里と結莉の元へと急ぐ。
そして、みんなで家に帰って『ただいま』って一一。
「ふふっ。ほら、頑張って。お父さん」
来自:Bangumi